ねごとやtop > Novels top >蒼天のアイオンtop > 第一部 第二話 アンノウン対アンノウン(1)

蒼天のアイオン

i-on,the blue sky

第一部 秘密の花園

第二話 アンノウン対アンノウン(1)

 アイオン、その”現在”の姿を表現するとしたら、”エイ”という海棲生物に近い。
 ただ、大きさが違う。“現在”のアイオンは全長20メートルにも達する巨体を誇っているのだから。
 かつての地球にこれだけの大きさの“エイ”はいなかった筈だ。少なくとも、真空の宇宙を自在に飛び回る“エイ”は。
 “現在”という表現を用いたのは、アイオンが一定の形を持ち得ない存在だからだ。
 “エイ”に似た姿を取っているのは、太郎曰く「この形が一番宇宙をうまく飛べそうな気がしたから」との理由から。彼の中では、“エイ”こそが宇宙航行に最も適した形ということらしいのだが、この感覚はパートナーのニャン曰く「飛ぶって言ったら、普通鳥でしょ?何故エイなの?何で魚類?」ということで、全く以て理解不能だが、例え理解不能であろうと、メインパイロットである太郎のイメージこそがアイオン運用においては優先される事項である以上、太郎がエイと言えばエイなのだ。仮に太郎がアイオンを操縦する上において、金魚をイメージしたのならアイオンはその瞬間金魚に近い形状をとるだろう。
 そう、アイオンは不定型な存在なのだ。
 太郎が乗り込むか或いは近くにいる時には、太郎のイメージを反映した姿をとっているが、そうでない時のシェラザード内の格納庫でのアイオンは球形である。
 その不定型さこそが、アイオンが“リキッドシェル”(液体甲殻)とも呼ばれる由縁でもある。
 いまアイオンは、エイの形を纏って白い巨体を未知の星系に繰り出している。
 中にいるのは、太郎、ニャン、クレハの三名。
 三人乗りであるアイオンの操縦室は、二等辺三角形の床を持ち、三つの角から中心に向かう交線上にこれまた三つのパイロットシートが配置されている。この形状から、アイオンの操縦室は別名アイオンデルタとも呼ばれていた。
 そのアイオンデルタ、二等辺三角形の頂点近く、アイオンそのものの進行方向に対して最前列に当たるシートに座っている太郎は、ひたすら歯をくいしばっていた。
 「太郎、何してるの?」
 太郎のそうした行為にニャンが素朴な疑問をぶつけると
 「班長さんに言われたことを守っている積もりなんですよ」
 答えは太郎本人からではなく、クレハから返ってきた。
 「班長さんが、砲台の組み付けの時、太郎に“噛む”イメージをしろって言ったんです。だから、太郎としては律儀に咥えるイメージを守って、砲台を固定している積もりなんですよ」
 「はあー・・・・・・それはまた難儀な」
 ニャンが嘆息し、やれやれと首をふると、太郎が後ろを振り向いてふがふがと何事か叫んだ。
 「太郎は、根性入れれば何とかなると言ってます」
 ふがふがの部分はクレハが通訳してくれた。こういうやりとりを見ていると、この二人は兄弟なのだなと思ってしまうニャンである。銀花が育てた太郎と銀花が作ったクレハ。人間とロボットという違いはあるが、どこか通じるところがあるのだろうと思えてしまうのだ。
 「あ、いま通信回線が入りました。艦長からです。繋ぎますね」
 クレハの体が一瞬びくりと痙攣し、その顔から表情が消えた。次いでその口からは
 「太郎、ニャン」
 と艦長アレックスの声が彼の声色そのままそのまま発された。
 「今回のミッションの主体はあくまでもこの星系の各惑星の調査なんだ。正体不明の艦船のことは気になるが、警戒レベルに止めておけ。軌道データはクレハに転送しておく。シェラザードが後方からフォローする。あまり離れすぎるなよ」
 「了解」
 太郎がまともに話せない為、ニャン一人による返信が終わると
 「ぷはっ」
 とクレハが大きく息を吐き出し
 「いやあ、毎度のことながら、外からの回線を直接自分に通すのは変な感じですね。いかにも陵辱されているという感じで・・・・・・」
 ここまで言って、体をぶるっと震わせた。
 「クセになりそうで、楽しいです」
 「副長はあんたにどういうプログラムを仕込んでいるのよ・・・・・・」
 ニャンとしては呆れるしかないクレハの言動だった。


 マシン・ブランシェと名付けられたマシン。
 「木の枝」の意味を持つそのマシンが、マシロの愛機だった。
 形状を言えば、女神像をモチーフとした人の形。その人型のボディを搭乗者のマシロの名にそぐわぬ漆黒のステルス塗料でコーティングされた異形のマシン。人が乗り込み操る上においても、移動用のマシンとしても、全く必然性のない「人型」という形状
 その不自然さについて、搭乗者であるマシロ自身は不審も不満も抱いたことはない。ただ、彼女の“お父様”は、周囲の声なき声に抗したのか、それとも物言わぬマシロの態度に不満の種を感じ取ったのか、こう言ったものだった。
 「合理性ではなく、象徴としてこの形をとったのだよ」
 人の形をとっているのは、マシンの動きに人の意思が反映されていることをダイレクトに連想させる為。三百六十度の運動性と対処能力を求められる宇宙空間では、人の形は攻防どちらをとっても大したメリットがないどころか、デメリットの方が目立つ。メリットがあるとすれば、操作する者のイメージくらいなもの。
 イメージ、“お父様”はその言葉を好んで使う。
 だから、“お父様”はこのマシンの操縦系にもそのイメージを活かすインターフェイスを取り入れた。マシロの運動能力を活かすという意味でも。
 マシンの中にあって、マシロの装着するヘルメットと言わず、パイロット用スーツといわず、何本ものケーブルがマシンと接続され、彼女の思考、反応に忠実にマシンを従わせようとしている。また、マシンを介した情報の悉くが内蔵された人工知能により取捨選択の上、処理されて彼女の感覚に直接届けられる。
 「さて、通信規制をしている以上、母艦の指示も仰げないのですが、目の前のアイオンとシェラザードを前に、私はどう動くべきなのでしょう?」
 余人の声なきコックピットで、マシロはマシンとの孤独な対話を強いられていた。


 キャプテンシートに座したまま微睡みの中にあったスズカの体がピクリと跳ねるように小さく痙攣した。
 「相変わらず心臓に悪い・・・・・・」
 スズカは、微弱ながらもコマンダースーツを介して流れた電気ショックに不平を漏らしつつ、崩れた姿勢を正した後、正面に配置されたディスプレイを見やった。
 そのディスプレイに映る光点は三つ。
 「コリン、状況を」
 「こちらに最接近しつつある光点がシェラザードから発進した大型艦載機と思われるもの。向こうから見れば、一番先行している機体ということになります。それに続く光点は、シェラザードとは別の船名不明な船から発進した大型艦載機。一番後ろにいるのが、シェラザードです」
 スズカの求めにコリンはすぐに応じた。
 「大型艦載機って、どれくらいの大きさ?」
 「正確な数値を求めるか?」
 「大ざっぱでいい」
 「ならば、どちらも全長二十メートルほどと回答する」
 「どちらも、なの?」
 「肯定」
 コリンの回答にスズカは黙り込んで考えるそぶりを見せた。
 「じゃあ、どちらも有人機の可能性があるね」
 宇宙空間を移動するマシンに人間を載せるとなると、それなりの装備が必要になる。装備が必要と言うことは、それだけスペースを取ると言うことであり、それは必然的に重量とサイズの拡大に繋がる。接近中のマシンの内二機がともに全長約二十メートルと聞いて、スズカは有人機であるが故にそのサイズを必要としているのではないかと判断したのだった。
 「その判断は早計。観測能力或いは火力の確保の為のスペースと推測することも可能」
 「それはそうなんだろうけどさ・・・・・・」
 コリンの進言がまるで自分の勇み足を窘めているようにも聞こえて、スズカは口を尖らせた。
 「有人機ならコンタクトも取れるかなと思ったんだけど・・・・・・」
 「その決断はさらに早計。まずはリスクを考慮するべきと進言する」
 「分かってるよ」
 スズカとコリンのそうしたやりとりの間にも、三つの光点は徐々にスズカが身を隠す宙域、この星系の第四惑星衛星軌道上の小惑星群に接近しつつあった。
 「ところでさ、コリン。この二番目にこちらに近づいている相手、どういう相手だと思う?」
 「シェラザードから発進した艦載機との距離を一定に保っている点、そして相手からの察知を避ける為に小惑星に身を隠しつつ、その小惑星ごと移動している点、またシェラザードの偵察ポッドを撃破した宇宙船から発進したこと。これらの現段階で分かっている情報から推察できる点は二点。一つは、この相手がシェラザードとは敵対関係にあると思しきこと。もうひとつは、シェラザードから発進した艦載機を監視しているということ」
 コリンの説明を聞き終えたスズカは指を一本立てた。
 「コリン、もうひとつあるよ」
 「それは何か?」
 「こちらは、シェラザード艦載機を追尾している機体を捉えているけれど、向こうは捉えていない。索敵能力は私たちの方が上回っていない?」
 「あえて放置している可能性は?」
 「いまの状況だと相手は艦載機と母船でこちらを挟撃できるんだよ。どうしてそうしないの?」
 「可能性は複数」
 「勿論、それは考えておかないといけないけれど、私が言っているのは技術力とかの問題じゃなくて、準備の問題」
 「詳細を求む」
 「私たちは主観時間で一年近くこの星系にいて、いくつもの監視網を構築している。だから、色々な角度から状況を観察出来る。でも、相手は来たばかりだということよ」
 その時間の差とコリンというパートナーこそが、いま現在のスズカの持つ最大のアドバンテージだった。


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