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ふわふわさん
ふわふわさんと彼女は呼んでいた。
いつもふわふわ、何をするでもなく、彼女の側に漂っている。
その姿は、よく言えば儚げ、はっきり言えば曖昧模糊としてつかみ所が無く、その性別が男なのか女なのかも判然としない。
性別……そう、彼女はふわふわさん「人」らしいことだけは、直感として分っていた。
初めてふわふわさんに気がついたのは、まだ小学校に上がる前だったと思う。
自分の周りにいつもいて、自分を見ている存在に気づいた彼女は、拙い言葉でながらも必死でコミュニケーションを図ろうとしたらしい。
ただ、ふわふわさんは、彼女にしか見えないらしく、大人と言わず、子供と言わず、周囲の人々はその彼女の行動を怪訝に思っていたようだが。
やがて、彼女は成長し、小学校、中学校、高校、大学と進学していった。
その間も、ふわふわさんは彼女とともにあった。
それは社会に出てからも変わらない。
初めて友達と喧嘩した時、ふわふわさんはとても困った顔をして彼女を見つめていた。
志望する高校の合格発表の日、自分の番号を見つけた彼女のことを、我がことのように誇らしく見つめていた。
初めてラブレターをもらった日、ふわふわさんは当人である彼女以上に驚いていた。
両親の元を離れ、大学進学で、そして仕事で知らない街へと移動する間、ふわふわさんは、普段よりも彼女の近くで漂っていてくれた気がする。
さらに時は過ぎ、彼女は伴侶となる人と出会い、新しい家庭を得た。
初めての子供が生まれた時、ふわふわさんは彼女のすぐ近くまで寄ってきて、祝福の言葉をかけてくれていたように思えた。
そして、さらに時は過ぎ……
子供が成長し、その子供がさらに新しい家庭を築き、そこで生まれた命が育っていく日々の流れを迎えたある日。
彼女は突然胸に苦しみを憶え、気がついた時には病院のベッドに横たわっていた。
彼女を心配げに覗き込む家族と……ふわふわさん。
安堵感も手伝ってか、静かにその瞼を閉じる彼女が最後に見たのは、生まれて初めて目にする、ハッキリそれと分るふわふわさんの満面の笑顔。
「お疲れ様」
そう言ってもらえた気がした。
目を覚ました時、彼女の視界に映ったのは小さな男の子の姿。
男の子の方も、彼女を見ているのだろう。
彼女の方を見ては、しきりに首を傾げ、何事か必死で彼女に話しかけてくる。
あの日の彼女のように。
彼女は、今度は自分がふわふわさんになったことを知った。
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