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恩返し

 恩返しのはた織りを始めて何日経ったのだろう?
 彼は、わたしの部屋を覗いてくれない。
 だから、わたしは織り続ける。


 そうして、はた織りが終わった。
 自分で言うのも変な話だが、見事なはたが織れたと思う。
 彼は大層喜んでくれたし、実際、市場に持っていくと、思った以上の高い値段で商人に引き取ってもらえた。
 それが切っ掛けで、わたしは正式に妻として彼の元に嫁ぐことになった。


 平凡で退屈な日々。
 その日々の流れの中で、最初に抱いていた僅かばかりの彼に対するわたしの愛情も冷めていき、同時に彼のわたしに対する愛情も同じ変化を辿っていった。
 働き者の夫婦連れ……そうした周囲の評判も同じようにして崩れていく。
 彼は、いつしか私のはた織りの稼ぎをあてに寝て暮らすようになり、わたしもただ生活の為、二人の間に出来た子供たちの為だけにはたを織り、市場に通う日々。
 そうして、わたしも彼も年老いていった。


 先に息を引き取ったのは彼の方。
 そして、その数年後にはわたし。


 恩返しの為に若い娘に姿を変えた鶴が、老夫婦に機織りの姿を覗かれ、正体を明かした後、いずこともなく飛び去ったのはよく知られた昔話。


 では、最後まで正体を明かすことがなかったら?
 はた織り姿を覗かれることが最後までなかったら?


 どうなるのだろう?


 息を引き取った筈のわたしは、足に激痛を感じて目を覚ます。
 鶴の姿で泣き叫ぶわたしを見ているのは、あの男。
 わたしの足を挟み、激痛を与えているのは、猟師の仕掛けた罠。
 あの男、死別した筈の夫であるあの男は若い姿。彼はわたしを見ると、その罠を外してくれた。


 ああ、これでまた恩返しに赴かなくては行けなくなった。
 完成しない昔話は、完成するまで繰り返される。

 何度、この繰り返しを続ければいい?
 何度、繰り返せば、彼はわたしのはた織り姿を覗いてくれるのだろう?

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