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Legend , named 1313号シルエット

プロジェクトの本丸、「Girl,called 13」Final Stage!!

Sakura 03

 暗視モニターは、灰色の背景の中、ベッドで膝を抱えたまま動かない村上さくらを映し出していた。
 背景が灰色なのは、決してそうした色彩の中に彼女が身を置いているからという訳ではなく、単にグラフィック処理上の問題でそう見えているだけなのだが、いまの彼女の心象風景としては実にふさわしい色合いとなっていた。
 部屋の壁のあちらこちらには、大きな窪みとヒビが入り、彼女が座すベッド、それを支える四本の金属製の脚は悉く折れていた。
 その凄惨な光景を生み出したのが何者なのか、モニターを覗いている者達は知っていた。
 「なぁ……。」モニターを監視している男は二人。どちらも白衣をまとい、一人は坊主頭にメガネをかけた三十絡みの男。もう一人は、年齢はメガネをかけた男と同じくらいだろうか。やや猫背気味で短髪気味ながらも、口元にひげを蓄えた男。こちらは、メガネはかけていない。先に口を開いたのは、坊主頭の方。
 「彼女の力を以てしても、部屋とこちらを仕切っている壁は壊せないはずだよな。」
 「ああ。」とヒゲが応じる。「材料工学だのは専門外だが、何でもミサイル衝突実験に使う特殊建材を使っているそうだ。かつての“シスター”の力を以てしても壊せないのは、研究所の折り紙付きだ。音だって、こちら側の音は聞こえない筈だ。」
 「“シスター”ねぇ……。組織最強ランクの改造人間……彼女を倒した改造人間がいるというのも信じられない話だな。」
 「組織に所属していない改造人間……十三号だったか?」
 「昔の組織が遺した改造人間だな。普段は、緑川サチと名乗っているんだったか?」
 “緑川サチ”、その名前が男達から出た瞬間、モニターの中のさくらの体が僅かながらもピクリと反応した。
 かつての“シスター”の能力を以てしても音を聞き取れない壁を隔ててで、ある。
 (緑川サチ?緑川さん?……どうして、彼女の名前が?十三号って、何?)
 「それが、わたしを殺した女の名前だからさ。」
 困惑するさくらの耳元に、ふと艶めかしい女の声が聞こえてきた。
 「殺した?」
 その声に振り向くさくら。声の主の姿は見えない。
 「そうよ。わたしを殺した女。そして、あなたの敵になる女。」
 「緑川さんがあなたを殺した?」
さくらの中には、緑川サチという生徒に対しては、教室でいつも一人静かに佇んでいる生徒というイメージしかない。静かで従順な少女、そうした生徒の一人。
「それに、敵?緑川さんが?何を言って……。」
 「あら、学校の先生にすれば、自分の教え子が敵なんて言われても、すぐには納得できないかしら?」
 あざ笑うような女の声に
 「当たり前じゃないですか!」
 とさくらは声を荒げるが……。
 「おい、彼女、誰と話しているんだ?」
 壁越しの部屋、モニタールームの二人の男は困惑していた。監視システムは、さくら以外の人物の姿も声も拾っていない。
 「分らんが……報告はしておくか?」
 そう応じつつ、ヒゲの男が通信パネルに手を伸ばそうとした時、
 「必要ないよ。」
 白いスーツの袖がヒゲの男の視線を遮った。
 「ケルビム閣下!?」
 男達のいる施設には、それなりのセキュリティシステムがある筈なのだが、白いスーツの男、ケルビムがすぐ側まで来ていたにも関わらず、男達の元には何の異常報告もなされいなかった。しかし、ことケルビムに関しては、こうしたことは珍しいことでも何でもなく、男達はその来訪をごく自然に受け入れていた。
 「彼女にとっては、“新生”の為に必要な儀式なのだよ。」
 「“新生”……で、ありますか?」
 「そうさ……かつての“シスター”にもあったこと。彼女達のナノマシンは、少々特別なものなのさ。」
 病室でケルビムがさくらに投与したもの……それは、シスターのナノマシンだったようだ。
 「特別?」
 「ああ……。あれには、呪いがかかっているのさ。」
 ケルビムの含みを持たせた言いように、男達は首を傾げる。
 「まぁ、見ていてくれたまえ。君たちの安全は僕が保証するよ。それに、この“儀式”は滅多に拝めるものではないのだしね。」
 「はぁ……」
 男達は、ただ頷くのみ。彼らからしてみれば、遙か上位の存在であるケルビムにそう言われれば、返す言葉など何一つないからだ。
 ケルビムが“儀式”と呼んだ、さくらと見えない存在との対話は、モニターの中で延々と続いていた。
 「そうして、いい先生になろうといままで心がけてきたのよね。それであなたは満足?」
 「当たり前じゃないですか!……でもどうして?わたし、教師だなんて、一言も言っていない……」
 「あら当然よ。」声の主は、くすりと小さな笑い声をあげた。「だって、わたしはあなたの中にいるんですもの。あなたの中はとても居心地がいいわ。」
 「わたしの中?」
 さくらは、反射的に自分の胸の辺りに手を当てる。
 「そう、あなたの体の中、細胞一つ一つにわたしはいる。そして、いまゆっくりとだけれども、いままでにはない変化もわたしには生れ始めている……これなら、あの十三号、緑川サチとだって十分に渡り合えるわ。ねえ、あなただってそう思うでしょう?」
 「分りません!」
 「あら、そう?でも、あなた、随分前から十三号、緑川サチのこと、意識しているわね。単なるいち生徒に対する視線とは、ちょっと違うみたい。」
 「何を言って……」
 「分るわよ。わたしは、もうあなたと溶け合った存在なんだもの。“従順で静かな生徒”、“まじめで地味な生徒”、そう思いこみたいだけじゃないの?」
 言われてみて、さくらははっとする。
 緑川サチ……大人しいたたずまいとともに醸し出されていた独特の空気感。単なる大人しい生徒という言葉だけで片づけるには足りない物腰。その大人しげに見える物腰の奥に垣間見える強固な意思、エネルギーとでもいうべきもの。
 確かに、村上さくらは、いつもではないにしても、他の生徒たちとは違う視線を緑川サチに向けていたかもしれない。
 そう自覚した瞬間、さくらの中に次々と様々なイメージが飛び込んできた。
 それは、“シスター”と呼ばれていた存在が持っていた緑川サチの姿。さくらの知らない改造人間十三号としての緑川サチ。そして、そのビジョンの中にいる立花和也と神崎ゆかりの姿も。
 「立花……和也……君?」
 さくらが、生徒としてではないひとりの人間として立花和也を意識した瞬間だったのかもしれない。
 「ねえ、さくら、もう一度聞かせてくれる?あなた、本当にいまのようになりたかったの?」
 戸惑うさくらの耳元に、蠱惑的な響きとともに“声”が囁きかけてきた。
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