episode 19 Lightning (1/4)
”彼ら”は、遙か太古より存在していた。
人類という種の誕生よりも遙かな太古。
ひょっとすると、地球という星が生まれるよりも遙か以前の時間よりも遠い遠い太古の歴史
そうした神話以前の時代に発達した高度な知性と文明は、現在の人類から見ても魔法と見分けがつかないほどに発達し、その魔法は、彼ら自身の生物としての進化にまでその手を伸ばしていた。
サイキック、超能力・・・・・・現代の人類からすれば、これもまた魔法としか名状し得ない能力の獲得と発達。
一方で、それらの超高度なテクノロジーに囲まれた世界と自身の超常的な力は、それらを生み出した彼ら自身の生物的な活力を失わせていく。
それに対して危機感を感じた彼らは、自身の体を、寿命をさらに伸ばし、世界を生物と見分けがつかないほどに進化した機械群によって満たし、その中に自らを埋め込んでいく。命にまで伸ばされた科学という魔法と時空間にまで影響を及ぼし始めた彼ら自身の魔術は、気が遠くなるほどの長い長い年月の間に彼らから生物の形を失わせ、遂にはただ思考するだけの存在へと自身を変えていくことになる。
その思考も、単なるプログラムへと変わり果てるのも時間の問題だ。
そうした思考が一部の者達から生まれた。
では、何が必要なのか?
器だ。
再び、思考が走った。
いかなる器が必要なのか?
生物として強靱な力が――
彼らの魔法のごとき力を受け止める高度な精神力と知性が――
そして・・・・・・
世代を紡ぐ力が――
生物としての成立要件、自己複製、世代継承、そういったものが失われて以来、やはり長い長い年月が過ぎていた。
いかに強大な力があろうとも、いかに高い知性を獲得しようとも、その力も知性も次なる世代に受け継ぐことが出来ないというのなら、それは機械と変わらない。彼らの生み出した文明の所産の多くは、もはや生物と変わらないものになりつつあったが、それでもいまだ世代継承は出来ないでいた。
自己複製は出来る。
ただし、それはあくまでもコピーに過ぎず、生物の世代継承で行われる世代ごとの個性獲得までに至ることは遂になかった。
いかに生物に近づこうとも、機械では器にはなれない。
いかに科学が進歩しても、ガフの部屋を作り出すことは出来なかった。
それが限界。
いまある場所にいる限り、限界を超えることは出来ない。
故に・・・・・・。
意思は紡がれ、ひとつの遠大なプロジェクトが動き出す。
いまある場所から離れ、異なる星、異なる世界に器の元となる命を探求する旅が始まった。
そして、彼らは後に現住生物が“地球”と呼ぶことになる惑星にたどり着いたのだった。
彼らがその星にたどり着いた時、彼らを運んできた宇宙船の落下により、当時隆盛を誇っていた大型生物の多くは死滅した。本来なら、彼らの“器”となり得たかもしれない生物たちの死滅。それは彼らにしては珍しいと言っていい手落ちと言えたが、彼らの側に焦燥はなかった。
なぜなら、彼らには無限にも等しい時間の猶予があったから。
彼らは元々生物としての限界点を超えた寿命を獲得していたが、それに対して彼らが訪れた惑星の生物は、彼らから見れば刹那の時間にすら達することのないわずかな時間の内に世代交代を果たし、個体としての寿命を迎えていた。その世代交代が重ねられる内に起こる進化という名の突然変異。そして、それが重ねられる内に惑星を彩っていく生物の多様性。
(彼らから見て)短時間の内に起こる世代交代、進化、多様性。
これらに着目した彼らは、個体の中にその多様性と突然変異的な意外性を求め始めた。
プロジェクトのコンセプトが明確になったのは、彼らが後に「人類」と自らを呼称することになる種族を発見したことも要因としては大きかった。
彼らが発見した時、この「人類」は洞窟や岩陰に隠れ、大型の肉食ほ乳類の存在に怯えて暮らす中型の雑食性のほ乳類に過ぎなかった。
ただ、彼らがこの「人類」に着目したのは、その「脳」と「目」だった。
この星の生物の思考器官が、この脳と呼ばれるものであること。そこで行われる化学反応と微弱な電気信号のやりとりによって、生物の思考が生じること。
その脳が最も発達していたのが、この「人類」と呼ばれることになる生物だった。
脳の発達は、この星ではより高い知性への進化の可能性となる。
高い知能、さらに観察を続ける内に発見した内に秘めたどう猛性。
プロジェクトの進行に伴い、この「人類」の原型と呼ぶべき生物への遺伝子改造が行われた。
より高い知性、過酷な生存競争と進化のレースを勝ち抜く為の闘争本能の強化。
こうした種としての改良が重ねられていく内に、プロジェクトはこの生物をベースに他の生物の特性を獲得させることも試みられる。
単一個体への生物多様性の反映。
故に、さまざまな生物の特性、能力を付加することにより、さらに強い生物へ、さらに強靱な器へと。
これが「改造人間」開発プロジェクトの原初の姿だった。
能力の追求は、さまざまなバリエーションの改造人間を生み出すが、一方で人類をベースとしない生物の生成も行われた。誕生の時点から、彼らの目指す生物多様性を単一個体の中に宿し、高い戦闘能力と知能を併せ持つ、後に「完全生物」と呼ばれることになる異形の生物たち。
ただ、これらは期待された能力は獲得してはいたものの、彼らが真に欲した世代継承という観点から見れば、失敗作と言えた。何しろ、かれら「完全生物」には世代継承どころか生殖能力もなかったのだから。
文字通り、一代限りの突然変異。
一方で、彼らが作り出した改造人間達も同様の問題を抱えていた。
いかに遺伝子レベルにまで及ぶ改造措置を施そうとも、その能力、特質は世代継承されるものではない。
改造人間もまた、一代限りの突然変異に過ぎない。
種としての改良を施された人類といえども、世代間継承される能力、特質は最初の一手、当初の遺伝子改造レベルを超えることは決してなかったのだ。付与された他の動植物の能力も、後に追加された機械的な能力も、後にサイキックと呼ばれることになる特殊能力の付加も世代間継承、後の世代に遺伝することはない。
ごくまれに、親世代以前の能力、特質を部分的に発現させる個体は確認されたが、それは非常に希有な例であり、プロジェクト遂行上、ほとんど無視して構わないレベルの誤差に過ぎない。
また、その能力にしても、彼らが開発上、マイルストーンとした個体のレベルに達することはなかった。
彼らが設定したマイルストーン、それは彼らをこの星に運んできた宇宙船、その宇宙船を制御する人工知性用に作り上げられた船外活動用ボディだった。後にケルビムと呼ばれることになる体である。
トライアンドエラー、全地球規模で行われ続けた生体実験は確たる成果をあげることなく、長い長い年月が過ぎていき、やがて彼らの身に進んでいた「鉱物化」とでも言うべき意識と体の硬直化はさらに進んでいく。
意識と体の硬直化は、そのままプロジェクトの遂行の困難さを増していくことになる。
ある時、彼らはひとつのシュミレーションを試行した。
彼らが遺伝子改良を施し、改造人間の素体とした人類を、彼らの手から解放し、独自の進化をさせた場合、いかなる繁栄のしかたをするのか?
予測結果は、激しい闘争の歴史とその闘争のために生み出され、発達する科学技術。
ここに彼らの生物改造技術を組み込めば・・・・・・
思考の結果として、彼らはひとつの決断を下す。
人類を彼らの管理下から解放し、遠い未来、人類自身の手で彼らの望む改造人間を生み出させるのだ。
この決断を以て、彼らは地球の表舞台から身を引いた。
突如として解放され、自立することを要求された人類は、最初の内は当惑したものの、徐々に原始的な文明社会を形成していく。
その中で強い指導力を発揮した者の中には、一代限りとはいえ、改造措置を施された者達もいただろう。
そうした異形異能の王は、神話、伝承という形で後世に語り継がれることとなった。
一方で、いずれ来るであろう再降臨の日に備えた布石も彼らは忘れていない。
いずれ改造人間達を生み出すことになる組織が生まれるよう、ケルビムと呼ばれることになる人工知性が様々な形で人類の歴史に介入し、パールバディをはじめとした完全生物たちが暗躍した。それらの活動は、ある時は怪物達の伝説となり、神や悪魔の所行として、後世に伝えられることになった。また、ケルビムは彼らがプロジェクトで使用した改造用ナノマシンを、適性が高そうな女性に対して投与し、投与された女性の内、何人かは当時の社会により魔女の烙印を押された。その魔女の系譜の先に生まれたのが、シスターであり、ネオこと村上さくらであり、秋月志乃だった。
また、地球の表舞台から身を引いたとは言え、サイキック能力の高い者の中には、時折彼らの意識と繋がることが出来る者がいて、そうした者達の多くは「巫女」或いは「依憑(よりわら)」と呼ばれた。
「スターティアという呼称、力と意思を持つ宝石という呼び方は、何も僕が始めたことではない。元は人類で、彼らにコンタクトする力を持つ者達が使い始めたものだったんだよ。神の意志を伝える媒体だとね。まさか、それが神そのものとは、思わなかったろうね」
サチの中に強制的に流れ込んでくる莫大な情報の洪水。
語られる遙か彼方の世界の住人達の物語と地球の歴史。
長い長い物語が、圧縮された時間の中で展開する中でケルビムの声が聞こえた。
「しかし、まさかスターティアの目指す改造人間の理想型に近い者が、君のような形で姿を現すとは、全くの予想外。嬉しい計算違いだったよ」
聞こえてくるその声に、サチは問う。これから何が起こるのか?と
「そうだな。西王母やペンドラゴンあたりなら、こういう表現を用いるんじゃないかな?つまり、君という新しい神の体を器として、古き神がよみがえると」
それは確かに彼らが好みそうな表現だと素直に思ってしまうサチ。
しかし、この身に古き神が宿るというのなら、いまこの身に宿る心の行き先はどうなるのか?
「スターティアが求めるのは、君のその体だけだ。この僕に近い能力を得、さらには生殖能力と能力の世代間継承を獲得しているだろう君の体だけ」
ならば、心は?
「心など、肉体というハードウェアを動かし、思考に方向性を持たせる為のソフトウェアに過ぎない。そのソフトウェアが、十三号という存在からスターティアに変わるだけの話だ」
プログラムの上書きという言葉がサチの脳裏に浮かんだ。
「そう、その概念が一番近いだろうね」というケルビムの声も聞こえる。
「十三号、君の存在が消えるわけではない。でも、ここはこういうべきなんだろうね。さようなら、“緑川サチ”と」
“緑川サチ”、人としての彼女の名が告げられ、いままさに膨大な情報の海の中に埋没しそうになっていた彼女の自我がわずかながらも強く反応した。その反応は、スターティアの群れの中に埋没した彼女の体を、瞬間ピクリと痙攣したような反射を促す。
“緑川サチ”、その名を大切にしてくれた人達が、確かに彼女の周りにはいた。
ポニーテールの活発な少女。彼女は、初めて出来た同性の友人ではなかったか?
小柄な少女もいた。彼女は、サチを慕ってくれた少女ではなかったか?
長い髪をなびかせ、活発に動き回り、時に彼女を挑発するような態度をとる少女もいた。彼女は、サチとは対照的に赤いセカンドスキンを身にまとい、雷を伴ってサチの助けになってくれたのではなかったか?
(そうだ・・・・・・マリ、光明寺マリ・・・・・・)
少女の名前が思い出されたその時、いままでにない振動が彼女の体を、いや今彼女が身を置くケルビム本体そのものを激しく揺らした。
「ゼロめ、やってくれる!」
ケルビムのいつになく焦った声が聞こえ、なにがしか彼にとって計算外の事態が起こっていることがうかがえた。そして、その振動とケルビムの声は、サチの中にある消えかかった記憶を呼び覚ます。
(そうだ、もうひとり・・・・・・立花君)
サチの前でいつも怒ったような困ったような顔をしていた少年の姿が、彼女の中で鮮明に蘇る。
(立花君・・・・・・立花和也・・・・・・)
その名を思い出すと、もはや失われていた体の感覚が徐々に蘇ってくるのを感じた。
「立花和也・・・・・・君・・・・・・和也・・・・・・」
スターティアの群れの中に埋もれた彼女の口が僅かに動き、その名を口にした時、先ほどの振動とは異なる力が再び彼女の体を大きく揺らした。