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Legend , named 1313号シルエット

プロジェクトの本丸、「Girl,called 13」Final Stage!!

Sakura 06

 余人のいない静寂の中、かすかに外から漏れ聞こえる子供達の遊び声と自身の小さな息づかいだけが礼拝堂を支配していた。
 彼女には、血縁上の“父”と呼べる者はなく、“母”と呼べる者の記憶もまた薄い。
 だから、彼女にとっては、この田舎の小さな教会の司祭こそが“父”であり、修道女こそが“母”であり、この二人の手によって育てられた子供達こそ“弟妹”だった。彼女の暮らす教会は、この国で親を失った子供達を引き取る保護施設でもあり、その中ではいま現在彼女が一番年かさで、言ってみれば“長姉”にあたる。
 静寂の中、彼女が祈るのは、いま自分が暮らす世界の平穏であり、弟妹達の無事であり、彼女自身のささやかな幸せであった。
 (でも……)と彼女は、思う。
 (わたしの幸せって何だろう?)
 そうした素朴な疑問を抱く彼女には、一方で悩みもあった。
 それは、彼女自身をさいなむ“悪夢”の数々。


 その夢の中で、彼女は自分とは違う“女達”の人生を味わっていた。
 ある女は、肌の違い、髪の色の違いで、村社会で阻害され、孤独の内に息を引き取り
 ある女は、教会の異端審問のもと、川に捨てられ
 ある女は、凶事を言い当てたが為に、災禍の根源と断じられ


 全ての女達は、皆世を呪いながら命を落としていった。
 これらは全て“魔女”と呼ばれた不幸な女達なのだと、彼女は理解する。
 では、自分はどうなのか?
 確かに頼るべき両親もないこの身は不幸と言えるかもしれない。
 それでも、こうして教会の保護下にあり、この教会の司祭も修道女も彼女に優しくしてくれるし、一緒に暮らす弟妹達も皆彼女からすれば愛しい存在である。
 だから、彼女にすれば、夢の中で見る女達の運命は悲しくも恐ろしくもある一方で共感する部分もあるが、もう一方ではその共感と同じくらいの違和感も同居した複雑な感情を抱いていた。
 (わたしも、あの人達みたいに思うことがあるんだろうか?)
 その素朴な疑問に対する解は、まだ幼さから抜けきれない未熟な少女である彼女には導き出せない。
 ただ、夢のために、自分の中にそうした可能性を自覚すること、そのことこそが彼女には恐ろしく思える。
 朝のひととき、礼拝堂でのいつもの儀式を済ませた彼女は、彼女の住まいでもある教会の重々しく大がかりな扉を開き、すっかり暖かな日差しに包まれた世界に身を乗り出した。
 すると聞こえてくるのは、彼女の名を呼ぶ幼い声。
 彼女の“妹”の一人が、大声で彼女の名を呼びながら駆けてくるが――
 途中、小石につまづいて大きく前のめりに倒れ込んでしまった。
 「もう、慌てて走るから……」
 苦笑しつつ彼女が“妹”に駆けよる中――
 教会の面する通りに轟音が鳴り響いた。
 その音の正体を知る彼女は、音のする方向に顔を向けることなく、一心に“妹”の体に服についた土ホコリを落とすが、その感情が顔に出ていたのだろう。自分の前にある彼女の顔を、“妹”は怪訝な面持ちで眺めていた。その視線に気づいた彼女は、ハッとして慌てて笑みを作ると、“妹”を遊んでいる子供達のグループに戻るよう促した。対して、“妹”の方は、釈然としない表情のまま、元いた子供達のグループへと戻り、やがてまたすぐにこける前の笑顔を取り戻して、他の子供達と遊び始める。
 元気に駆け回る“妹”達、“弟”達の後ろ姿を見やった彼女は、ほっとした笑顔を見せつつも、その視線はやがて教会の屋根に掲げられた旗に。
 (あんなものをあげて……こうすれば、ここが非戦闘区域になるからって言っていたけれど……)
 彼女が見つめる旗は、白地に赤い十字――赤十字のマークである。
 (確かにお医者様とか看護師の人が昨日から来始めているけれど)
 そう考える彼女の視界に、今度は子供達とは違う三人の大人の姿が入ってきた。
 一人は女性、彼女からすれば、育ての母であり、同時にいまでは子供達の面倒を見る上での“上司”とも言える中年女性、この教会の修道女である。
 その修道女が話しかけるもう一人の人物、それは――
 「だから、この場所の安全はわれわれ政府軍が保証すると言っている。その為に、ここを非戦闘区域、避難民や負傷兵の収容施設として接収すると言うのだ」
 高圧的な口ぶりで語るのは、確か先だってこの教会を訪れた政府関係者とかで、内乱の続くこの国の人間にしてはかなり上等なスーツを身にまとっている。
 「現在、国全体が苦しい状況下にあり、皆困窮している中にあっても国家に対しての忠誠心は忘れずにいる。その中にあっては、いかに宗教施設といえど、何某かの協力の意志は見せるべきではないか?」
 「しかし……」と反論するのは、修道女。「これでは、まるで子供達を人質に、盾にしているのも同然ではないですか!」
 「だから、我々に立ち去れと?ふん!子供を盾にしているというのなら、君達も同罪ではないのかね?」
 「そんな……そんなことは!」
 「まぁ、いい」
 修道女の必死の訴えに耳を貸す素振りも見せることなく、スーツを着た男は片手をあげると、彼女の話を一方的に断ち切った。
 「今回の措置によりこの施設の運営にも、君達の生活にも影響は出ないよう配慮はさせてもらった積りだ。特別予算も君達の運営母体に対して支給されているのだ。それに、人員、物資ともに異動は始まっている。君がどう思おうと、状況は変わらんよ」
 大人同士の会話は、いまの彼女にはよく分らない。
 それでも、自分にはどうにもならない大きな力が自分達に覆い被さろうとしていることは、感覚的に窺い知れた。
 それが、彼女にはとても恐ろしく感じられ、同時に聞こえてくる子供達の声がとても悲しく感じられたのだった。
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