episode 16 Valkyrie (2/4)
サチとマリがヴァルキリーと合流し、いまF市上空に向かったとの報は、すぐさまオペレーションバルムンクの総司令を務めるペンドラゴンに伝えられた。
「では、これより本格的にケルビムに対しての攻撃態勢に入る。スタンダードミサイルの発射と戦闘機隊突入のタイミング、うまく合わせろよ」
司令官の席に座し悠然と伝えるペンドラゴンの声は、同時に号令でもある。
「ランファ号よりのスタンダードミサイル発射準備、カウントダウン開始」
「各編隊に伝達。カウントダウンとの同期を急がせろ」
「各隊長機には、ヴァルキリーの位置情報をリアルタイムで伝達。離脱タイミングは、現場に任せる」
「無人機に修正プログラム送信!」
ブリッジには、即座にいままで以上の緊張感が走り、オペレーター達の声も自然と大きくなっていった。
「オペレーションバルムンク、第二段階突入!」
オペレーターの一人の叫び声とともに、ランファ号の船上からは無数の火線が上がった。
それが、船上から飛び立った中距離ミサイル群であることを、ランファ号に身をおかないF市の人々が知ることはない。
「嬢ちゃん達、海上からのミサイル攻撃が開始されたぜ。この位置と高度じゃ、肉眼じゃ捉えられないだろうがな」
サチとマリの二人が愛機とともにその身をおくヴァルキリーのカーゴに、老パイロットの声が響いた。
「見えても・・・・・・って、こんな窓もないところに押し込められて見えるわけないじゃない」
相手に聞こえているのかいないのかは分らないものの、マリが堪えきれずにそう不満を漏らすと
「マリ、ものを食べながら喋らないで」
隣に立つサチが、チューブに入ったドリンクをひと飲みしてから苦言を漏らした。
これには、マリもむっとした顔をしつつも、手にしたバータイプの携行食をひとかじりした後
「こんな時にそんなお行儀の話なんかしたって・・・・・・」
と咀嚼しつつ反論。
「だから、食べるか喋るか、どちらかにしなさいよ」
「あんたって、あたし相手だと本当にきつくなるわよね。特に食べ物関係」
「そう?」
「そうよ、初めてお好み焼き屋に行った時だって・・・・・・」
と言いかけてマリは口をつぐんだ。
「マリ?」
口をつぐんだマリは、もうひとつ携行食を取り出すと、今度は黙々とそれを食べる。二,三口で素早く食べ終わると、サチが飲んでいるのと同じチューブタイプのドリンクで口の中のそれを素早く流し込む。
携行食もドリンクも、カーゴに予め用意されていたものだった。
味の方は、お世辞にも美味とは言い難く、くどい甘みだけが残るもので、もともと軍用のコンバットレーションというだけあって、カロリーの高さだけが取り柄の実用一点張りなので仕方がないと言えば仕方のない話ではある。
マリ曰く「わたし達ってさ、こと甘いものに関しては、清崎さんのおかげで変に舌が肥えちゃっているのよね」
故に、味覚としては二人にとって満足行くものとは到底言えないものの、ポセイドンとの戦闘中に起こしたエネルギー切れをまたしても起こすわけにもいかず、やむなく移動中の栄養補給となっている状況だった。
黙り込んだマリを訝しく見ながらも、サチは降下開始に備えて、これまた携行食とともに用意されていた専用ヘルメットを被る。
これは、降下中はお互いに会話を交わすことが困難なことが想定されるために、主に通信機能の確保を目的として用意されていたものである。勿論、頭部の保護も考慮に入れられているが、サチとマリの戦い方と戦う相手を考えれば、それもどこまで期待できるかは分らない。
サチがヘルメットを被り、首の固定用アタッチメントをセカンドスキン側のそれに固定し終えると、マリもまた彼女に倣うように自分のヘルメットを被る。どちらもフルフェイスタイプのヘルメットである。
ヘルメットを装着し終えたマリは、サチの方を向くと、コンコンと自分のヘルメットの口と耳にあたる部分を指でつついてた。
(そうか、通信テスト)
サチはマリの行動を、通信回線のテストと解釈し、自身のヘルメットの通信回線を開く。
「ねえ、さっきの話の続きなんだけどさ」
すると聞こえてくるマリの声。
「お好み焼き屋・・・・・・ことが終わったら、また行きたいな。今度はひずるや・・・・・・神崎ゆかりも一緒で」
「そうね・・・・・・でも、いいの?またジュニアに絡まれるわよ」
ジュニアというのは、サチの家の近所のお好み焼き屋の飼い猫の名前である。正式にはあげだまジュニア。
「言ったでしょう。わたし、動物、嫌いという訳じゃないのよ」
「ならいいけれど・・・・・・」
しかし・・・・・・とサチは思う。そのお好み焼き屋を含めた商店街のほとんどは、村上さくら率いる改造人間部隊の手によって破壊されているのだ。
「お好み焼き屋だけじゃない。他にも色々行きたいところはあるのよね」
「そう・・・・・・」
「あと、こういう時だから言うけどさ・・・・・・」とマリは一旦口ごもるが「あんたの手料理だって、わたし好きなのよ。だから、また食べさせないよ」
後半は、一気の早口で。
「ええ」
マリの言動に最初はびっくりしたものの、すぐにその口元を緩めた。
二人の間に暫しの沈黙、ただし若干の気恥ずかしさこそあるものの、心地よい沈黙が漂う中、最初にそれを破ったのは、またしてもマリ。
「あーあ!」
とため息混じりに始まったその声がサチに告げたのは
「それにしても、色気のない話よね。結局、食べ物の話になるなんて・・・・・・本当、あんたの体と同じで色気もなにもあったもんじゃない」
といういつもの憎まれ口。
「何言っているのよ!」
マリがヘルメットの中で顔を赤くして反論するが、
「だからさ」とマリの声に、普段の砕けた調子から少しだけ真剣みが宿る。
「あんた、何が何でも、立花和也・・・・・・お兄ちゃんをあの変態天使から取り戻しなさいよ。そうしたら、少しはお話も色っぽくなるからさ」
「マリ・・・・・・」
「その為に、わたしもひと肌脱ぐわけだし」
マリの手は、言いつつも愛機マシン・ギルバートのウェポンコンテナに。そして、その手に握られるのは、彼女専用のレーザー砲「ムルガン」
「神崎ゆかりだってあんたの為に泣いてくれたんでしょう?失敗なんかしたら、絶対に許さないからね」
マリがそこまで言ったところで、再びブリッジからの声。
「嬢ちゃん達、そろそろ降下開始だ。カウントダウン、三十秒前から始めるぞ」
その声と同時に、二人はそれぞれの愛機に飛び乗り、サチはマリのそれと同型の大型ハンドガンスクリーマーをてにし、マリは逆にギルバートのシートに置いていたスクリーマーと万能武器カルケオンの自身のセカンドスキンに固定。かわりにムルガンを構える。
「十、九、八・・・・・・」
カウントダウンが十を切ったところで、サチは小声で呟いた。
「マリ、ありがとう・・・・・・」
その声は、通信回線を介して確実にマリのもとに届いていた筈だが、マリは何も答えない。
「ゼロ、グッドラック!お嬢ちゃん達!」
老パイロットの声とともに、機体底部のハッチが開放され、二人はその愛機とともに自由落下に身を任せ、いまでは遙か下方にあるケルビム本体に向かって降下していく。降下のその瞬間、マリは一旦自身のヘルメットの通信回線をオフにして、小声で呟いた。
「ありがとうって言いたいのは、本当はこっちの方だっての・・・・・・サチ」
「十三号とゼロ、ヴァルキリーよりの降下を開始」
オペレーターが、状況を事務的にペンドラゴンに報告。頷いた彼は、側に控える部下に小声でこう呟いた。
「シカゴのガイアに連絡をとってくれ」
一方、F−20の編隊は・・・・・・
「状況を開始」
ランファ号より発射されたミサイル群が巻き起こす爆煙の中、ケルビム本体に向け突入を開始したが・・・・・・
「現在、ケルビム本体に損傷は確認できず。近接攻撃を開始する。無人機の攻撃システムを開放。とにかく撃ちまくる」
F-20の鋭角的なシルエットが爆煙を抜けた後、自身の視界と機体のレーダーが捉えたケルビムの状況に愕然としつつも、有人機である隊長機を操るパイロット達はすぐに思考を切替えた。しかし・・・・・・
隊長機の一機がいきなり爆散した。
何事かとケルビム方向を見ると――
いつの間に展開していたのか、そこには飛翔型のロボットの群れ。
ムササビ、コウモリ、カマキリ・・・・・・
それぞれが翼を、羽根をはためかせ、F―20の群れの前にたちはだかっていた。
「サメ相手に小動物や虫けらが!」
タイガーシャーク(イタチザメ)の異名を持つF−20のパイロット達は、闘争本能を剥き出しにしてその機関砲を、サイドワインダーを開放する。
ターゲットをロックしたサイドワインダーは、ガラガラヘビの異名に違わぬ蛇行した軌道をとりながら、ロボット群をなぎ払うが・・・・・・
「ケルビム上部に熱源!」
ケルビムの上部、船で言えば甲板にでもあたる部分には、重火器を装備したロボット群が展開し、その火力は容赦なくF−20の編隊に向けられていた。
「深入りするな。とにかく手持ちの火力をケルビムにぶつけるだけでいい。軽くなった機体は随時戦線から離脱させろ」
乱戦模様の高々度、F−20はその機動性をいかんなく発揮し、しなやかな弧を描きつつ、その主翼は空を切る。ただ、速度ではロボット群を遙かに上回る機体ではあるものの、乱戦模様の限定された空間ではロボット群の攻撃と機動性に苦戦しているのもまた事実だった。結果として、無人機は勿論、有人機までが被弾機に加わり始めたその矢先――
「ケルビム直上、上空に熱源感知!」
ケルビムの上にいるロボット群、サチやマリを襲ったカメ型のものを含めた者達が突然起こった炎に包まれた。さらに――
「第二射来る!これは・・・・・・ゼロのレーザー攻撃!?」
摂氏一万度を優に超える熱線は、空中を乱舞する飛翔型のロボット群にも向けられた。
途端に爆散する飛翔型ロボット群。
「全機、いまの内に戦線から離脱しろ。十三号とゼロがこちらに降下を開始したことで、陽動の目的は果たした。繰り返す。全機、戦線より離脱!」
その声を合図として、F-20の編隊は一斉に進路を変え、ケルビム本体のある空域から急速に離脱していく。
その様子は、サチとマリにも確認されていた。
実は事前にマシン・シルフィードの頭脳たるビッグマシン2ことビーが、ヴァルキリーの戦術コンピューターをハッキングして、作戦全体の推移をリアルタイムで把握できる体制を整えていたのだ。このハッキング情報は、マシン・ギルバートともデータ同期をとって互いに同じ情報を共有できるようにしている。
いままで行ってきた地上での改造人間やロボットとの格闘戦とは違い、一旦ヴァルキリーに乗った以上、今度は空中での広域な作戦行動となる。そうなると、いくら高性能を誇るとはいえ、シルフィードの小型電子機器では到底把握しきれない状況が考えられるし、ベースを離れている以上、ランファ号の状況も知る必要がある。
そう判断したビーの手により行われたハッキングであったが・・・・・・
「サチ、妙だ」
通信回線を介して、ビーの声がサチの耳元で響く。
「何?」
「戦闘機隊が引き上げたのは分るが、ランファ号の近く、作戦行動とは関係のない艦影がある」
「艦影?」
「そうだ、F市周辺の海域は現在封鎖されている。だから、本来ならランファ号と支援の空母、二隻の船しかいないはずだが、作戦マップには三隻の船がいるし、実際戦術コンピューターから流れてくるランファ号のレーダーデータは、自船以外の二隻の船を捉えている」
ペンドラゴンがその存在をランファ号の危機に至っても明かすことのなかったシーウルフ級原潜の存在は、当然のことながらサチ達は知らない。
「どういうこと?」
サチがヘルメットの中で怪訝な面持ちを浮かべたのと同時刻――
ランファ号に身を置くペンドラゴンは、側近がうやうやしく差し出したアタッシュケース、その中に置かれた電子機器の赤いボタンを押していた。
さらに日本時間にして同時刻――
遠く離れたアメリカ合衆国第三の都市シカゴにおいて、“ガイア”と呼ばれる組織の“長”の一人が、オフィスビルの最上階、豪奢な椅子に座したまま、ペンドラゴンが押したのと同じ赤いボタンを押していた。