episode 05 Visitor 3/3
翌、水曜日。
その日も緑川サチは欠席していた。
一方、職員室では本日午後、急遽全校集会を行うことになったとの通達が発せられていた。
何でも、文科省の方から講演が来ることになったらしく、教員達は慌ただしく準備に追われていた。
その動きを、二年A組副担任の村上さくらは、不思議な面持ちで眺めていた。
文科省からといっても話が急すぎるし、何と言っても教員達の方に自分を除いて誰も驚いた様子がないことが不思議でならない。何だか、自分だけが蚊帳の外という感じだ。これは、彼女が教員としてのキャリアが浅いからだけの理由ではないような気がするのだ。
「村上先生、時間です。そろそろ、生徒達を体育館に誘導してくださいませんか。」
ぼんやりとそんなことを考えていると、学年主任の男性教諭が彼女を急かす。
「あ、はい、すみません……あの、斉藤先生。」
「何でしょう?」
「文科省からって、どういう方が来られるのでしょう?」
「何だ、村上先生、わかっていなかったのですか?」
「はぁ……説明を受けた覚えが……。」
「すばらしい方々ですよ。」
「は?」
「それはそれはすばらしい方々です。」
斉藤と呼ばれた教師は、陶酔しきった表情でそう答えると、ぼんやりと何かにとりつかれたように「すばらしい」と繰り返すのみ。
さくらは、薄気味が悪くなって他の教師を見るが、斉藤のその様子を不審に思っている者は誰もいないようだ。いや、むしろ、他の教師達の様子も斉藤に近いものがある。
そういえば……とさくらは考える。
昨日、何だかきれいな女の人が来たけれど、あれは今日のことと関係があったのだろうか?でも、彼女が職員室に入った後の記憶がさくらにはない。何だか、虫の羽音を耳にしたような気がするが、以後の記憶がどうにも曖昧なのだ。
「村上先生、早くしてください。文科省の方々のバスがもうすぐ到着しますよ。」
「は、はい。」
教頭に急かされながらも、さくらは(え、バス?どうしてバス?)という疑念を抱いていた。
生徒達が皆体育館に集められている頃、F市立高校の校門をくぐる大型バスがあった。
運転席を除く窓という窓全てにスモークガラスが使われたそのバスは、凶暴なエンジン音とともにグラウンドを削りながら校内に入り込み、そしてプシューツという排気ブレーキ特有を立てて停車。次いで、電気モーターの動くやや耳障りな音ともにドアが開き、屈強な男たちが降りてきた。
いずれも濃色のサングラスをかけ、一様にこれまた黒い服に身を包み、足元はショートブーツで固めており、その手は黒いレザー手袋に覆われている。
果たして十名ほどいるであろうその無個性な集団が降り立つと、ややおいて今度は帆つきのトラックがそのバスに横付けする。
そのトラックの到着を待っていたかのように、バスからは三人の人物が降りてくる。
服装は、先に降りた男たちと大差はないが、その姿から受ける印象は無個性とは言いがたい。
最初に降りてきたのは、青い目の白人青年、二十代くらいだろう。次いで長身の黒人男性。こちらは三十代くらいだろうか。背の高さだけでなく、それに見合った筋肉を感じさせる体格の持ち主だ。最後に降りてきたのは、日本人らしき女性。年代は三十代前半というところか。いずれもサングラスはかけていない。
「全く、シェリフ、お前のおかげでトラックを一台余分に手配しないといけなくなったじゃないか。」
最初に口を開いたのは、黒人男性。
「そう言わないでくださいよ。ネイビーさん。ジョシコウセイとやりあうことになったら、役に立ちますって。ねぇ、ブリーストさん。」
シェリフと呼ばれた青年は、そう答えながら傍らに立つ女性に話しかける。
「そうね……期待しているわ。シスターの思っている以上のことをしてあげようじゃないの……あの女の生意気な鼻をあかしてやりたいわ。それに、ジョシコウセイ……わたし、ジョシコウセイを切り裂きたいわ。」
ブリーストと呼ばれた女性は、身を震わせながらうっとりとした目で、F市立高校の校舎を見る。
「心配しなくても、いくらでも切り裂けるさ。ジョシコウセイはここにはいっぱいいるんだろう?」
「そのはずですよ。」
とは、ネイビーとシェリフ。
三人がそんな会話をしている間にも、先に降り立った面々はバスの車体横にあるトランクボックスを開き、中から様々な機材を運び出していく。その中には、明らかに銃身と思われるものも多々見受けられた。
三人を含めた黒ずくめの集団は、無人のグランドで誰はばかることなく、着々とその装備を固めていく。
ネイビーは、取り出された黒いソフトケースのひとつを手に取ると、中からこれまた黒い塊を取り出す。
「うん、やっぱり自動小銃はM4に限るな!」
そう言いながら、ネイビーは手にしたその自動小銃を小器用に扱いながら、マガジンをセット。さらにはその銃床やキャリングハンドルを、何度なく脱着してみせる。実に手慣れた動作だった。
「こいつを持っていないと、戦いという気分にはならないぜ。」
「何を言っているの。」ブリーストが、そのネイビーの一連の動作を見ながらくすくすと笑う。「どうせ変身したら使わないくせに。それに、あのジョシコウセイには通用しないこと、分っているんでしょう。」
「そう言うなよ。気分だ、気分。」
答えつつ、ガハハと笑うネイビー。
「だからといって、みんな米軍正式採用銃というのはね。シスターさんも、よく一日そこらで装備をそろえられたというものです。」
呆れつつそう言うシェリフ。
「趣味で装備を固めるのは、感心しませんね。」
「この装備は、元々シスターの行う実験用に用意されていたものの予備を回してもらったものだ。大体、お前、人のこと言えるのか?」
言いつつ、ネイビーはバスに横付けされたトラックを指さす。
「そりゃまぁ、そうですけどね。」
シェリフもにこやかに応じる。実に屈託のない笑顔だった。
「ねぇ……。」不意にブリーストが甘えた声を出す。「ジョシコウセイ……会えるかしら。」
「会えるだろうさ。」そう答えるネイビーの肩に手を置き、ブリーストはさらにしなだれつつ、その身にもたれかかる。
「本当、会いたいわ、ジョシコウセイ。」
「会えるさ。」自分の肩に置かれた彼女の手に触れながら、ネイビーもまた甘く囁く。「会えなかったら、あの中にいる他のジョシコウセイを順々に引き裂けばいい。そうすれば、いやでも出てくるだろうさ。」
「そうね。」
ブリーストはうっとりとして、目の前のF市立高校の校舎を見つめる。
「楽しみだわ、本当に楽しみ……。」
ブリーストはその真っ赤な唇をぺろりとなめ回し、ネイビーにもたれたまま、ゆっくりとその歩を進めていった。
episode 05 FIN