episode 05 Visitor 2/3
商店街から少し外れ、二十分ほど歩いた先の公園。
和也とサチは、その公園のベンチ、正確には公園内のグラウンドに面したベンチに腰掛けていた。グラウンドでは、地元の少年野球の試合が行われているようだった。二人の手には、途中の自動販売機で買った缶コーヒー。そして、二人の間をサチの買い物袋が隔てている。
「なぁ緑川……昨日と同じことしか、俺は言えないんだけど……学校、来ないのか?」
我ながら芸のない話だ、と思いつつも、和也は話を切り出した。
「もしも、昨日の俺の言い方とか、その……悪かったというのなら、謝るからさ。力のことだって、誰にも言わないから……。」
言いつつ、ちらりとサチの顔を見る和也。サチは何も答えない。何かを考えているようであるが、うまく言葉に出来ないそんなもどかしさが表情に表れていた。
そして、和也はそのサチの表情を見て、単純に(こいつ、本当、顔はきれいなんだよな……。)と考えるのだが、すぐに首を振る。
(おいおい、俺は何を考えているんだ!?)
しかし、不謹慎だと思いつつ、やはりつい顔をのぞき込んでしまう和也である。その和也の視線に気づいたサチは、また途端に顔を伏せてしまう。
「そういうことじゃないの……。」
二人の間に沈黙が降りて、果たしてどれくらいの時間が経ったのか?この沈黙の間に、グラウンドで行われていた少年野球は、攻守が入れ替わっていた。
「わたしがいたから、立花君は巻き込まれたんだし……わたしがいたら、また他の人を危険な目に遭わせてしまうかもしれない。わたしは学校だけでなく、ここにもいない方がいいのかもしれない。」
(こいつ、そんなに思いつめていたのか?)
和也は愕然とする。
改めて、改造人間であるという事実が自分の想像を超えた苦悩を彼女に負わせていることを痛感する。
しかし、和也には何かが引っかかる。
「なぁ……緑川、ここにもいない方がいいって、お前はそれでいいのか?」
サチは答えない。
「ここって、この町ってことだろう?本当にそれでいいのか?」
サチは答えない代わりに、首を小さく横に振る。
「学校にもいない方がいい、本当にそれでいいのか?」
サチはさらに首を振る。
「この町も学校もイヤなのか?」
サチは、またも黙り込む。
「だったら、どうして学校に来ていた?お前、一日も休んだことなかったって、え〜と、誰だったかな、一年の時のお前のクラスメートが言っていたぞ。イヤだったら、学校に毎日来るわけないじゃないか。」
「イヤじゃない……。」ここでようやくサチは声を出して返事をする。最初は、消え入りそうな声であったが、その声は徐々に大きく……。
「イヤじゃない。この町も学校も好き。わたしは……わたしは十三号として作られて、ずっと十三号と呼ばれてきたけれど……母さんは名前で呼んでくれるけど、でもわたしはずっと十三号で……でも、この町の人達も、わたしをサチと呼んでくれる。学校でのわたしは、緑川サチでいられる……立花君だって……。」
そうして、サチはここで初めて和也を正面から見据える。
「立花君だって、わたしを緑川って呼んでくれるから。」
その視線は、和也がたじろぎそうになるほどまっすぐで……。
「ここでは、わたしは緑川サチでいられるから……わたしはここでしか名前を手に入れられないから。」
その肩を小さく震わせながら……。
「だから、わたしはここにいたいの……でも……。」
言いつつ、サチは足下の小石を拾い上げた。
「コーヒーの缶でもいいけれど、それだと分りにくいでしょう?」
何の積もりだ?と和也が見ていると、サチはその小石を握りしめ、じっと握りしめた自分の手を見つめていた。ややあって後、握りしめたその手を広げると……。
手の中の小石は、さらさらと砂粒となって地面へと落ちていった。
呆然とする和也に、サチは微笑む。口元が緩んでいるというのに、その顔は泣いているようだった。
「分るでしょう?わたしは改造人間なの。それも戦闘用改造人間。この手は人間の手なんか簡単に握りつぶせてしまう。ううん、力だけじゃない。あの改造人間達と戦っている間、わたしはどこか喜びを感じていたわ……わたしの力は、わたしの心も変えてしまうの。だから……わたしは戦闘用改造人間なのよ。これはどうにもならないわ。いずれ……戦いがなくても人を傷つけるかもしれない。」
開かれたサチの手。
小さく白い手。細い指。しかし、確実な破壊力を持つ手。
一方で、その手は和也を救ってくれた手でもあるのだ。
そして、昨日和也はその手を拒絶した……。
和也は、その手に自らの手を伸ばし、重ね、そして握りしめる。考えなどはない。自然と体が動いていた。
「ちょっと!立花君!」
狼狽えるサチ。和也は構わずにその握りしめた手の力を強め、さらにもう片方の手を重ねる。
「握りつぶせないじゃないか?」
「立花君、何を言って……。」
「握りつぶさないんだろう?」
「当たり前じゃない!」
「だったら、握りつぶさなければいいじゃないか。」
サチは、はっとして和也を見る。
「いままでだって、そうして来たんだろう?だったら、これからもそうすりゃいいじゃないか。あんまり、自分のことを悪く言うなよ。」
サチの目には涙が浮かぶ。いままで堪えていたのだろう。
「泣くなよ……。」
「ごめん……あ……。」
サチは、和也に「謝ってばかりいるな」と言われたことを思い出したようだった。
「いや、ここはごめんでいいと思うぞ。」
「そうなの?」
「多分……。」
和也は、照れくさそうに顔をそむける。その様子が何だかおかしくて、サチは涙がこぼれたままプッと吹き出した。
「何だよ?泣いたり笑ったり忙しいやつだな……。」
「ううん、何でもない……。ねぇ、立花君。」
「だから、何だよ?」
「手……。」
和也はサチの手を握りしめたままだったのだ。
慌てて手を離す和也。またも吹き出すサチ。
「まぁ、なんだ……。」和也はまたも顔をそむける。照れくささを隠せないままに。
「思い出したよ、結城さんだった。」
「結城さん?」
「ああ、お前の一年生の時のクラスメート。彼女がさ、今日教室にお前を訪ねてきたんだ。体操着のほつれを直して欲しいって。」
「そう……悪いことしたかな?」
「まぁ、別に謝るようなことでもないだろう。それに、ゆかりも何だかんだと気にしていたみたいだし。」
「ゆかり?」
「ああ、ゆかりじゃピンと来ないか?神崎だよ、神崎ゆかり。」
「ああ、神崎さん……でも、どうして神崎さんが?」
「クラスメートだからだろ、難しく考えるなよ。」
ここで一旦サチは押し黙る。何事か考えているようだった。
「だからさ、結城さんにしろ、ゆかり……神崎にしろ、緑川のことを気にかけているんだぜ。お前の居場所は確かにあるよ、あの学校に。」
「立花君は?」
「え?」
「立花君はどうなの。」
問われた和也は、少し考え
「どうでもいいのなら、学校フケてここに来ないよ。」
と憮然と答えた。
サチは、その答えを聞くとまた顔を伏せた。表情は見えない。
「だから、明日は学校に来いよな。」
「うん……でも、もう少しだけ時間をちょうだい……。」
「時間を使うのはいいけど……とりあえず来いよ。」
「強引だね。」
「そうかな?」
「そうだよ……ねぇ、立花君。」
「今度は何だよ。」
「神崎さんって、立花君の彼女なんでしょう?」
和也は一瞬驚いた顔を見せたが、すぐにげんなりとした表情になり
「あのなぁ……誤解しているようだが、ゆかりには彼氏いるんだぜ。」
「本当?」
「ウソを言ってどうするんだよ、不思議とあまり知られていないけど、あいつ、空手部の一年生と付き合っているんだよ。カズオといって、俺も知っている奴なんだけどな。」
「そうなんだ……。」
「そうなんです。」
「そうなんだ……。」
二度繰り返し、サチはまた押し黙る。
和也もどう話を続けて良いのか分らず、二人揃って押し黙った格好になってしまっていた。
そんな二人を、試合を終えた少年野球の小学生達が興味深げに見つめていた。