そうだ、今週末は、こたつを買いに行こう!
「Memorial Apricot Pie」 終盤戦、多分、1/4か1/3くらいです。
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思い出話が終わり、一息つくようにコップの水を再び口に含むサチ。
その正面向かいで、じっと耳を傾けていた神埼ゆかりは、しばしの間、黙り込んでいたものの、突然小さく肩を震わせ、次いで噴出すのを我慢するように頬を膨らませ始めた。
そして、こらえ切れなくなったのか、大きく息を吐き出して、大きな声をあげて笑いだした。
カウンターの中の杏子や真奈美だけでなく、店内にいた他の客までが一斉に、サチとゆかりを見る。
「ちょ、ちょっと……ゆかりさん……。」
周囲の視線に気がついたサチが、ゆかりをたしなめると
「ごめん、ごめん……つい……ね?」
と涙を拭きながらも、まだ笑いは止まらない。
「つい、何よ?」
サチが怪訝な顔で尋ねると
「いや、杏のパイがお母さんとの思い出というのは分ったけどさ。何というか、話の中身が……ね?」
とからかうような口調で答えた。
「中身が何なの?」
対して、サチは不機嫌そう。
「いや、何というか、物凄く感動的なお話を期待したんだけど……。サチとおばさんらしいといえばらしいよね。」
「何よ……しまらない話で悪かったわね。」
「まぁ、はずみで“お母さん”って呼べたというのは、実にサチらしいよ。」
サチは、拗ねたように横を向くが、対してゆかりはそのサチを微笑みつつ眺めている。
「いいじゃない。弾みでも何でも……サチとおばさんは、それからはずっと本当の親子なんでしょう?笑っちゃったのは悪かったけれど、素敵なお話だとわたしは思うよ、」
横を向くサチの顔が少しだけ赤らみ、その口元は少し緩んでいた。
「何だか、お話がはずんでいるみたいですね。」
たわいないやり取りをかわすサチとゆかりのテーブルに、トレイを持った杏子の姿。
「お待たせしました。当店自慢のアプリコットパイ。杏のパイですよ。コーヒーも、ちょっとした自慢の品なので、ゆっくり味わってくださいね。」
そうして置かれた杏のパイとコーヒー二揃え。
「これが杏のパイね……。」
ゆかりは、皿の上に置かれたパイをまじまじと見ている。彼女にしても、実際に食べるのは初めてのようだ。
「ふ~ん、これが、本当のアプリコットパイなんだ……。」とはサチ。そのサチの言いように、またゆかりの肩は震えだす。
「何よ、もう……。」
「ごめん、ごめん。まぁ、食べてみようじゃないの。」
言いつつ、ゆかりの手はすでに皿に伸びている。サチもつられるようにして、用意された小ぶりなフォークを使って、その一切れを口に運んでみた。
(おいしい……。)
パイ生地の香ばしさと甘みに交じって、かすかな酸味が程良い味わいのアクセントとなり、口の中に広がって行く。
最初に口に入れた一切れを、味わいつつ飲み込んだサチは
「アプリコットパイって、本当はこういう味なのね……。」
としみじみと一言。
それを聞いて、またゆかりの肩が小刻みに震えだす。
「何よ、また?」
「ごめん……でもさ、サチ。いまのは、おばさんに対して物凄く問題発言だと思うよ。」
そのゆかりの言葉に、サチは返事をせず、ただ「ううう……。」と唸るような声を小さく上げて、下を向いた。子供のころからの彼女の癖である。
「どうですか、うちの自慢のメニューなんですよ。」
そのサチに助け船を出すようにここで口を挟んできたのは、杏子。
「いや、杏子、これ本当に美味しいわ。」
「えへへ……でしょう?あ、でも、さっちゃん先輩ところのお店のイチゴのタルトも昔から有名なんでしょ?とっても、美味しかったし。」
「あれ、杏子、あんた、サチの家というかお店、行ったことあるの?」
「あ、あー……。」杏子は、ゆかりのこの質問に対し、目を逸らして少し思案。「いえ、わたし、ほとんどこの町から出たことないですよ。」
「え、でも、いま、まるで行って食べたみたいなこと……。」
とゆかりが質問を重ねようとしたところで、店のドアが開き、そこからサチやゆかりと同年代くらいの少女が入ってきた。
「あ、百合さん、いらっしゃいです!」
杏子は、ゆかりの質問にこたえることなく、駈けるようにその百合と呼ぶ少女のもとに。
「う~ん……。」その杏子の後姿を見ながら、ゆかりは唸った。「何だか、いま、物凄くベタな方法ではぐらかされた気がする……。」
杏子が駆け寄った相手、「百合さん」と呼ばれた少女は、ぱっと見サチとゆかりと同世代くらい……なのだが、杏子と並ぶとやたらと大人びて見える。杏子とも同世代の筈なのだが……。
髪の毛は後ろをアップにしており、一見ややボーイッシュな印象も受けるが、杏子と談笑し、カウンター席に腰を下ろすまでの一連のちょっとした所作などには、女性らしい柔らかなものがある。身長などは、遠目で見る限り(杏子との対比などで)サチやゆかりと同じか、少し高いくらいだろうか?
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