これでおしまいです。
近日中に内容をまとめます(__)
タイトルは、「魔王の犬」とでもしておきましょうか?
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この土地に来て、果たして何度目の秋だったんだろう?
僕は最近、よく数が数えられなくなっていた。
犬だから、分る数ももともと知れているけどね。
僕はすっかり足腰がよわくなっていたし、目も霞むようになっていた。もう、あまりものを見ることも出来ない。出るのは目やにばかりだよ。最近は耳も頼りない。
でも鼻はまだまだ大丈夫だよ。
だから、奥方様やおちびさんが近づいてきたら、ちゃんと分るし、風が運んでくれる匂いで麦の穂並みが畑をいっぱいに飾っていることも分るよ。ああ、今年も豊作ですね、奥方様。これで冬支度も大丈夫。僕が心配することも毎年減っていって、とても嬉しいですよ。
ふと最近はあまり嗅がない匂いが漂ってきた。
少し考えて、奥方様の流す涙の匂いだと気がついた僕はちょっとだけ目を開けて奥方様の顔を見る。
奥方様はしゃがんでいて、一生懸命に僕の身体をさすっていてくれたんだ。いつからなのかな?僕、全く気がつかなかったよ。
ああ、隣にいるのはおちびさんだね。
最近は、すっかり大きくなって、もうおちびさんとは呼べないけどね。
何だ、おちびさんも泣いているのか?
ダメだな。もう同じ年格好の子の誰よりも喧嘩が強い立派な男の子なのに。本当に、中身はいつまでもおちびさんなんだな。これからは、変な奴が来たりしたら、おちびさんが追い払うんだよ。狐とかオオカミとかイタチより危ない人間は、いっぱいいるんだからね。僕に代わって、奥方様を守ってあげて。
ああ、何だか眠いや。僕、もう寝るね。いっぱい頑張ったもんね。休んでもいいでしょう?
やだなぁ、奥方様、そんなに泣かないで下さいよ。
僕は、疲れたから寝るだけなんですよ。
いつものお昼寝です。
だから、あまり泣かないで下さい。
本当に眠るだけなんだから……。
少しの間だけ……。
だから……おやすみなさい……。
今度のお昼寝はいつもよりもずっと長かったのではないだろうか?
というのも、目が覚めると、そこには奥方様もおちびさんもいなかったからなんだけど。
いや、それどころか、ここは小屋の中でもない。畑の麦の匂いも漂ってこない。
僕が不思議に思っていると、何だか遠くの方から、甲冑を着た人が歩くガチャリガチャリとした音が聞こえてきた。
そして、懐かしい匂いも。
一度たりとも忘れたことのない匂い、そして僕が一番好きな匂い。
ご主人様!!
気がついたときには、僕は全速力で駆け出していた。
視界の先でご主人様は、わざわざ僕のためにかがんで待っていてくれた。
その胸に、僕は迷うことなく飛びついた。
ああ、ご主人様、ご主人様……。
僕はとにかく顔と言わず、身体と言わず、舐められるところはところ構わずなめ回していたと思う。
その間、ご主人様は、笑って僕の頭をなで続けてくれたんだ。
「ご主人様、ご主人様、帰ってきてくれたんですね。」
僕がそう言うと、ご主人様はこの時だけは悲しそうに首を振った。
「帰ってきてくれたんじゃないんですか?奥方様も、おちびさんも待ってますよ。奥方様もようやくここでの暮らしに慣れたし、おちびさんなんか、村中の子供の中で一番喧嘩が強いんですよ。」
「いや、残念だけど、俺は帰れないんだよ。」
ご主人様は、本当に悲しそうにそう言うと、また優しく僕の頭を撫でてくれた。
「そうか~。帰ってきたんじゃないんだ……。」
僕もとても悲しかった。でも、どうして僕はご主人様とお話が出来ているんだろう?
「こんな風になって、ようやく俺もお前の言っていることが分るようになったんだよ。一緒にいた時は、分ってやれなくて悪かったな。」
まるで僕の考えが分るかのように、ご主人様は答えてくれた。
う~ん……不思議だけれど、便利だからまぁいいか。
「でも、ご主人様、どうしてここにいるの?」
「それはね。お前を迎えるためなんだよ。」
「ご主人様が?」
「そうだよ。」
「奥方様とおちびさんは?」
ご主人様は、ここでも首を横に振った。
「あの二人はまだまだ頑張らないといけないからね。今日はお前だけを迎えに来たんだよ。」
「ふうん……僕、頑張ったから、いままで一生懸命頑張ったから、ご主人様は迎えに来てくれたの?」
「そうだよ。」
「僕ね、僕、僕、頑張ったよ、一生懸命頑張ったんだよ。」
「知っているよ。」
「嬉しいな。ご主人様にそう言ってもらえると嬉しいな。」
僕は目一杯尻尾を振って喜んだ。だって、本当に嬉しかったんだ。
「でもご主人様、一つだけ謝りたいことがあるんだ。」
「何だい?」
「ご主人様を守ることは出来なかったよ……。」
僕がしょんぼりしてそう言うと、ご主人様は頭を撫でていた手を下ろし、今度横から僕の顔をそっと撫でてくれたんだ。
「気にしなくて良いよ。俺は気にしていない。それにお前は、あの二人をずっと守ってくれたじゃないか。」
「本当に?」
「本当だよ。さあ、あまり長居してはいけない。そろそろ行こうか。」
「うん、分ったよ。僕、ご主人様と一緒に行く。」
「良い子だ。」
ご主人は立ち上がり、ゆっくりと僕に背を向けて歩いていく。僕は、というと、その後を一生懸命ついて行った。
「ねえ、ご主人様、僕、ご主人様とずっと一緒にいられるんでしょう?」
後ろから僕がそう声をかけると、ご主人様はふと立ち止まり、少し寂しそうな顔を見せた。
「残念だけど、そうはならないんだよ。」
「えー!!どうしてですか?」
「俺のいる場所は地獄だけれど、お前は違う。お前はもっといいところに行くんだよ。」
「やだ、僕、ご主人様と同じところがいい。」
ご主人様は困った顔をして
「でも、お前の行くところは地獄なんかとは比べものにならないほど良いところなんだよ。これからはそこでゆっくりと休みなさい。」
と言ったんだけれども、それだけじゃ僕だって引き下がれない。
「やだ!ご主人様と一緒がいい!!」
「わがままを言わないでくれ。これは決まったことなんだ。地獄なんて、ろくなところじゃないぞ。」
「そんなに嫌なところなの?」
「ああ。」
「地獄って、美味しくないの?」
僕がこう聞くと、ご主人様は苦笑いしながら
「そうだな……少なくとも美味しくはないな。いや、お世辞にも美味しいとは言えないな。」
と答えてくれた。
そうか……美味しくないのか……。
そのことは、僕にとってはちょっとショックだったけれども……。
「いい!我慢する。」
僕の気持ちは変わらなかった。
「美味しくなくても我慢する!ご主人様と一緒がいい!」
ご主人様は、びっくりしたような、嬉しいような、怒っているような不思議な顔をして僕を見ていた。この表情は、ご主人様と出会った時に僕が見たのとおなじだったんだ。僕は何だか嬉しくなって、もう一度同じ事をご主人様に訴えた。
「ずっとご主人様と一緒がいい!」
ご主人様は、またぷいと僕に背をむけて今度は少しだけ速く歩きながら、
「好きにしろ!」
とだけ、言った。
「うん!好きにする。」
僕は嬉しく嬉しくて、目一杯尻尾を振りながら一生懸命ご主人様を追いかけた。
「ねえ、ご主人様。僕、ご主人様といっぱいお話ししたいことがあるんだ。」
「そうかい?」
「うん!」
ねえ、ご主人様、僕はご主人様となら、どこにだって行けるんですよ。
だから、これからはずっと一緒にいますよ。
一緒に、奥方様やおちびさんのことを見守っていきしょうね。
############### 終 ##################