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宇宙戦艦ヤマト2199 星巡る方舟

宇宙戦艦ヤマト2199 星巡る方舟 見てきました。

旧作ファンのおっさん世代の皆様に最初に言っておきます。

白色彗星は出ません。
新造戦艦アンドロメダも拡散波動砲も出ません。
テレサもテレザート星も出ません。

ただし、空間騎兵隊と斉藤始は出ます。
沖田艦長はまだご存命です。

沖田艦長のことで分かるでしょうが、これは時間軸としてヤマトが地球に帰港する前のお話です。
別にこれネタバレにはなりませんよねw
公式サイト見れば分かることだし。

キャラクター描写的にも、古代は別格扱いなものの
メインヒロインは、森雪ではなく桐生美影。
男性陣の描写も、航空隊は加藤や篠原、山本でなく沢村
ガミラスサイドも、BDやTVシリーズではサブキャラだったフォムト・バーガー。

基本的に本編ともいうべきBD&TVシリーズでメインだった方々は一歩引いたところに身を置いてます。
……密かに今後のシリーズ展開のために、シリーズキャラの世代交代を狙っているんじゃないだろうな(笑)
いや、新規の注力キャラもメインキャラと世代的には大して変わらない年齢の設定なんですが(爆)

ストーリー的な落としどころとしては、いささか理想主義的ではあるなと思ったが、シリーズ本編で山本、ユリーシャ、メルダで行われた宇宙女子会のより具現化した未来といえないこともない。
そして、ストーリー的な骨子としては、本編における第14話を思い出していただければよいかと(精一杯のネタバレ)
思うに、あの14話みたいな話って、監督さんの趣味モロ出しだったので、お話作りの本音の部分はああしたお話なのでしょうと私は勝手に思ってます。

描写的な部分、ガトランティスの艦艇のワープ描写を見て思ったこと。
ガトランティス人は、体がかなり頑丈と見た(笑)
艦船同士の戦闘描写はかなり濃いです。
そして、その戦闘に絡んでくるまさかのヒディアーズ(違)

あ、ガトランティス側のサーベラー姐さんは出ていたので、彗星帝国篇は多分作ってくれると思いますよ、売上げ次第なんだろうけど(爆)

色々言いたいことはあるが、あまり書くと本当にネタバレになるので、感想はこの程度で(笑)

最後にこの映画の音楽担当について

音楽担当=宮川彬良
OP担当=葉加瀬太郎
ED担当=平原綾香

いや、この布陣って、指揮者があのお方だったなら、完全に「題名のない音楽会」色物担当チームなんですけど(笑)

スガラムルディの魔女

スガラムルディの魔女 見てきました。

カオスでエロティックでブラックでシュールでちょっとグロなおとぎ話でした。
これ、スペインの映画なんですね。スペイン映画って、ちょっと見た経験が記憶にない。同じ欧州映画でも、フランスやドイツ、イギリスとも雰囲気が違う。うまく説明できないですが。

スペインマドリード、お話はここからスタート。
まずは、広場での仮装から貴金属店襲撃、そして逃亡……ここまではクライムムービーだが、逃亡途中のバーに立ち寄って以降、お話が変な方向にw

銀行強盗とその息子、人質になったドライバーと乗客、そして姿を現す魔女一家。
とりあえず、三世代魔女一家の中の娘のエロさは格別。
ラストの「ハッピーエンド」に対するシニカルな態度も、ブラックで良し。

ということで、犯罪、逃亡劇、オカルト、ホラー、サスペンス、ロマンス、さらには怪獣映画の要素まで煮込んだこのごった煮映画の言いたいことは……女への恨み節だった(爆)
製作者達、何かあったのか(笑)
離婚協議や共同親権(欧州独特の制度みたい)のことで、色々痛い目にあったとか
クライマックス部分では、魔女達の集会が描かれるのですが、この様子がさながらフェミニスト大会(笑)フェミこえーというのが、この映画に対する正しい感想……

正直、公開規模も小規模なので、エリア的にも見れる方は限られるかもしれないが、とりあえずカオスな映画が好きな方には無条件にお奨めできます。

インターステラー

11/21(土)インターステラ- 見てきました。
SF映画ではあるが、時代設定はどれくらいなんだろう?
映画の描写から窺えるのは、

・自動車は内燃機関のそれ(現代と変わらない)
・宇宙船に関する技術は惑星間航行可能なレベル
・深刻な食糧不足
・文明は衰退気味

言ってみれば、人類或いは地球にとって「黄昏の時代」というべき時代のようです。
どうにも背景描写が統一されていない感じがしましたが、それはあまりにも重箱の隅すぎるか。
ただ、惑星間航行が可能なレベルにまでテクノロジーが発達していたのなら、かなり発達したテクノロジーが期待できるはずなのだが、生活描写を現代と変わらないようにしたのは観客が感情移入しやすいようにする為の演出なんでしょうね。
また、ワームホールを使って恒星間航行するのはいいが、通信はどうしたんだろう?ワームホールの入り口と出口に中継装置を浮かべていたのかな・・・・・・とこれも重箱の隅かw

いや、重箱の隅と言いつつ、こんなことを書いているのは、かなり本格的なSFだったから。
こういう映画を見ると、やはりSFはあちら(欧米)が本場なんだなと痛感させられる。
お話の大まかなストーリーは、日本の作家なら星野之宣あたりが書きそうな骨太なもの。
いや、むしろコミカライズ版を出すのなら、是非星野之宣に描いて頂きたいくらい。
何となく「2001夜物語」みたいな雰囲気。

映画としては珍しく宇宙における「時間」の問題も取り扱っていたし(それが物語の重要な鍵のひとつ)
あと、ロボットの造形がクール。
私は気に入りましたよw あのロボット。

ところで、ブラックホールでアレした主人公、ある意味人類を超越した存在になっていたのではないかとか思ったがそんなことはなかったのかな?
単機で異なる恒星系に辿り着いた同僚の救助活動なんて、普通の人間にはまず無理なんだから。いや、それよりも山田正紀の「最後の敵」の如く、ワームホールを土星に作り、人類を外宇宙に促し、娘のマーフィに重力理論のヒントを主人公に与えさせる為、彼にブラックホール内に特殊空間を与えた「五次元人」こそが、未来の主人公そのものだったのではないかという気がしないでもない。

天才スピヴェット

11/16(日) 「天才スピヴェット」見てきました。

いや、地元の某モールに買い物に行った時、つい衝動的に(笑)

見た印象をひとことでいえば、よく練られて作られた絵本のような映画でした。
舞台は、アメリカの片田舎。
あることで、両親と姉、双子の弟と暮らしていたスピヴェット。
学者肌で熟考型のスピヴェットとやんちゃなレイトン。
対象的でありながら仲のよい兄弟だったが、ある事故でレイトンの命は失われる。

そして、悲しみに暮れる家族と暮らすスピヴェットの元にスミソニアン博物館から一本の電話が入る。
スピヴェットの発明が、ベアード賞を受賞したという。
授賞式への出席を一度は躊躇うスピヴェットだったが、結局は受諾。
しかも、彼は家族にそれを知らせることなく、十才の身でありながら家族には書き置き一つ遺して単身でスミソニアンのあるワシントンDCへと向かう。
このあたりのムチャ臭さは、父親譲り
そして、発明品をものにする頭脳と学究肌は、母親譲り。
作中前半、スピヴェットは、家族の愛情が自分に向いていないと嘆いたが、このあたりの行動はまさに両親のDNAを立派に受け継いでいますw
ただ、仕事柄、彼の移動手段には、「ムムム・・・・・・」としかめっ面にならざるを得ない。
いや、「あんなこと」をやられたら、鉄道の安全運行に多少なりとも携わっている人間にとってはたまらんですよ。フィクションだから許せますけどねw

そして迎えるスミソニアンでの受賞講演、ここがクライマックス・・・・・・ではなくて(笑)
クライマックスは、受賞後に彼が出演することになるTVショー。
日本で言えば、バラエティ番組といっていいでしょう。

ネタバレになるので何があったのかは書きませんが、この作中のTVのショーのスタッフって結構優秀。
なぜなら、彼らのある調査がなければ、あのクライマックスは成立しないわけですから。
そして、このクライマックスで、スピヴェットには「何」が必要だったのかが観客にも分かるという仕掛け。
ただ、TVショーの司会者とスミソニアンの女性管理職氏にとっては、災難なクライマックスだった(笑)

最後、スピヴェットは家族とともに元の田舎に戻ってのんびり暮らしていましたが・・・・・・
いや、あれだけの才能をもった子供を、欲深な大人達が放っておくとは思えないんですが(笑)
彼の発明品は「永久機関」なんだから、少なくともアントニオ猪木は食いつくはず。

この映画を見てから、同監督の「アメリ」もBDを購入して見てみましたが、これもやはり絵本の映画でありました。
何となく、中島哲也監督の作品を、よりオサレにして、台詞や展開をさらにスマートにした感じというと、ファンの方からはおこられるか?

楽園追放

11/15(土)出勤だったのですが、帰り道に楽園追放見てきました。

脚本は、まどか☆マギカでネームバリューを増し、仮面ライダー鎧武で評価を確定させたと言っていい虚淵玄。
パンフレットやインタビューを見る限り、企画への参加は鎧武よりこの楽園追放の方が先なんですね。そう考えると、楽園追放で描かれていることと鎧武における創世神話への解釈に相通じるものがあるのも頷けます。鎧武のストーリー構築は、楽園追放からのフィードバックも色濃く反映しているのですね。そして、主人公の決断も、鎧武におけるコウタとマイのそれと、楽園追放におけるアンジェラとディンゴのそれには相通じるものがあります。
結局、「楽園」は概念の中にしか存在せず、常に追及し続けていくものなのかもしれません。
また、英雄が自らを英雄と名乗った時、英雄たる資格を失うがごとく、そこを楽園と定義づけした時、楽園は失われるのかもしれない。
ストーリーの大枠は、ジャンル的にはサイバーバンクSFと言っていいでしょう。
自分が知っている範囲では、サイバーバンクSFの映像作品の傑作と言うと、まず思い浮かぶのは、マトリックスでありゼーガペインであります。いや、どっちもDVDを持っているからなんだけど(爆)
サイバーバンクでの醍醐味のひとつは、リアルとバーチャルの違いに対する解釈と描写なのですが、楽園追放の場合はややリアル寄りの描写。
そして、この作品、自分だけかもしれませんが、色々なSF名作に対してのオマージュが感じられました。
以下、簡単に列記すると


ナノハザード

人類が仮想世界で生きていく切っ掛けとなった災厄のことですが、名称からするとターンAガンダムの月光蝶からか?

アンジェラのマテリアルボディ

ゼーガペインにおけるリザレクションシステム?

アンジェラ実体化前の格闘トレーニング

マトリックスにおけるカンフーアクション?

聞き込み中のうどん

ブレードランナーでのハリソン・フォードの食事シーン

人工知性による外宇宙進出

岡崎二郎の「国立博物館物語」、山本弘の「アイの物語」

ラストシーン

ダグラス・トランブルの「サイレントランニング」、歌の部分は長谷川裕一「マップス」での歌う流星かな?

地球降下後展開される対巨大甲虫戦

フランク・ハーバート「砂の惑星」のサンドウォーム

仮想世界ディーヴァ指導者達の造形

石川賢の「虚空戦記」シリーズ

ざっと思いつく限りでこんなところか。

また、絵的にはさすがの東映。
いわゆるジャパニメーション絵でありながら、高品質な映像美を見せてくれます。
「蒼き鋼のアルペジオ アルス・ノヴァ」あたりから明確になってきましたが、従来のリアル志向の3Dモデリングでなく、見慣れたアニメ絵で立体的な映像を実現する。この手法は割りとアリだなと思います。
この辺りの技術は、東映の場合、プリキュアエンディングの3Dダンスで鍛えられているのかもしれない(笑)
ピクサーとは違う日本ならではのアプローチとして、今後の作品での技術展開を楽しみにしたいところです。

キカイダーREBOOT

キカイダーREBOTT 見てきました。

キカイダーは、石ノ森作品の中では特別に好きな作品の一つです。
過去、
・TVシリーズ
・スピンオフ映画(「人造人間ハカイダー」)
・アニメーション
がありました。一番原作テイストに近いのはアニメーション版。一応、ゼロワン篇もありましたしね。
(原作版のゼロワン篇と実写TVシリーズのゼロワンとは全く違うラスト)

で、映画のREBOOTです。
原作、アニメと共通のキャラクターは

・キカイダー=ジロー
・光明寺博士
・光明寺ミツコ
・光明寺マサル

ハカイダーは出ますが、人間態のサブローの設定はなし。
このハカイダーの正体については、ネタバレになるので実際に鑑賞してご確認のほど。

服部半平は、原作や実写、アニメでは探偵でしたが、今作では(自称)ネットジャーナリストにして携帯小説家。
プロフェッサーギルは、光明寺博士の仕事上のサブで名前はギルバート神崎、名前以外は原作設定に近いですね。
原作では、ヘル・ギルバートで光明寺博士のパートナーにしてプロジェクトの出資者だったはず。

映像は邦画にしては結構手が込んでいて、アクションもかなり凝ったもの。
ワイヤーアクションが目立つのは、いまの時代仕方ないか。かなり激しいアクションだったので、スーツアクターさんは大変だったでしょう。
キカイダーのスーツの人は「荒川真」さんという方だそうで、私は同姓同名のプロレスラーしか知らない。
終盤、キカイダーがハカイダーにジャーマンスープレックスを決めるシーンがあったが、あれは荒川真(ドン荒川)と同姓同名なことにひっかけたのか(笑)
よく観察していたら、サラ固めや看護婦固めや年金固めもくりだしていたかもしれない(爆)
再見することがあったら、もっとよくアクションシーンを観察しておこう。
ああ、ハカイダーもシャイニングウィザードを繰り出していたな(爆)
アクション担当の方、プロレス好きか?
ただ、電磁エンドが実際にはウルトラサイクロンだったことは(ry

ジローを演じていた俳優さんは、ジローがアンドロイドであることをかなり意識して演じられていたようですが、実際にキカイダーのちょっとした演技シーンではご自身がスーツを着て演じていたとか。こういうの、昔のライダーとかでもあったが、最近はあまり聞かないな。
勿論主演の方もそうですが、個人的にはキカイダーを演じていた荒川真さんの名前を強く憶えておきたい。意外とだが、先々のニチアサでは、高岩さんや次郎さんの後継者の座に座っていたりするかもしれない。

映画全体のことに関しては、絵的な部分は満足したが、ストーリー展開がやや唐突な感じもしたが、これは尺の関係上仕方ないか。
クレジットを見ていると、脚本の方は戦隊やアニメの仕事をよくされている方の様子。Wikipedeiaで確認すると、「はたらく魔王さま」とかも手がけた方なのですね。

ラストシーンからすると、かなり続編を意識した作りになってました。
となると、映画の興行成績次第では、「ゼロワン」ありか?


ゼロワン=イチローは、原作では光明寺博士がジロー以前に製作したロボット
MEIMU版では、ミツコがダーク版ゼロワンの部品を回収して製作したロボット

となっていましたが、REBOOTではどうなるか?製作されるかどうかも含めて楽しみです。
本作ではミツコが、停止したジローを蘇らせるために父(光明寺博士)の後継者となる決意をしているので、MEIMU版のような設定になる気もしますが。

ああ、忘れていましたが、マリも登場しますよ。
ただ、本作ではビジンダー設定はなし。これもゼロワン、シャドウナイト、ザダム、ワルダーともども続編。
ん?となると、本作での椿谷国防大臣がビッグシャドウになるのか?

映画「ワールズ・エンド」 感想

the WORLD'S END 見てきました♪

今年見た映画の中では私的に一番でした。
何だか、「銀河ヒッチハイクガイド」を彷彿とさせるセンスだな、と思って見ていたらこれも英国映画だったんですね。
何というか、ジョークのきつさがハリウッドよりも私的にしっくり来ますw

話の中身は、かつて田舎町の悪ガキだった五人組のリーダー、ゲイリー・キング(アルコール依存症、カウンセリング受診中)がハイスクール時代になしえなかった目標=街中の12軒のパブを一晩の内に全部飲み明かすを達成しようとかっての仲間達に声をかけるところから話は始まります。
で、この途方もない阿呆な企み・・・・・・皆40にもなって全員参加しちゃうんですねw・・・もうアボガド、バナナかとw
ただ、彼らの青春の地は既にある勢力によって「侵略」されていたのだった・・・・・・

ということで始まる酔っ払い対侵略者(大笑)

この侵略者、色々な侵略SFへのオマージュがあるのだと思います。

J・フィニィの「盗まれた街」だったり、「ゼイリブ」だったり、「地球が静止する日」だったり、乗っ取りの時のアクションなんかだと「ヒドゥン」も意識していたのかなとか、クライマックスでの侵略者達の行軍を見た感じだと「スクリーマー」(原作はディックの「まだ人間じゃない」の映画)もちょっと混じっていた感じ。
制作者様はかなりSF映画に精通しておられる感じ。

この映画の中では侵略者(正確にはその尖兵)のことを、「エンプティ(空っぽ)」と呼称しますが、これからこの映画を見る方はこの「空っぽ」というワードは押さえておいた方がいいと思います。そうすると、ラストの意味が実にビターなものに感じられると思います。何故なのかを言うと、完全にネタバレになりますがw
ネタバレといえば、公式サイトなどで「酔っ払いが世界を救う」とコピーをつけてますが、これは間違いです。酔っ払いは世界を救いません(笑)ある面からみれば、世界の破滅の引き金は酔っ払いが引いています(爆)
やっぱり、酔っ払いは碌なことをしない。

五人組の元悪ガキ達の中では、個人的にニック・フロスト演じる弁護士のアンディ。
このアンディとリーダーであるキングとが最後に訪れるパブでの会話には、おっさんの悲哀が詰まってます。
そうだよな、生きるって凄く疲れるよな、変わっていかないと生きていけないけれど、それは時に哀しいことでもあるよなと・・・・・・
また、途中のアクションシーンでは、「動けるデブは最強、その上酔っ払ってしまうと無敵」という真理を私達に教えてくれます。

最後に・・・・・・地球人類の命運を賭けた対話の相手に酔っ払いを選んだこの映画の侵略者は、侵略SF史上アホさに関しては5本の指に入るんじゃなかろうか?

年末に観たもの

オーディオねたが続いたので、ちょっとエンタメねた。
映画は年末に二本見ました。

武士の献立

永遠の0



武士の献立


見ている間、腹が減ってきた(笑)
いや、これ結構大変なことですよ。
普通の人ならともかく、つい先月腹痛でものが食べられなくなり、食べ物の話を聞いただけで気分が悪くなり、栄養失調になるまで食事が摂れなかった私に食欲を自覚させたのですから。
ただ、惜しむらくはお客さんが少なすぎた。私を含めて二人しか劇場にいなかったんだから。
物語のハイライトとなる料理のシーンなどかなり制作者サイドの拘りが窺えたし、出てくる料理が悉くおいしそうだった。
それにしても、上戸彩も遂に「古狸」呼ばわりされるようになったんだな(笑)
映画の内容とは関係ないのですが、ラストで流れる主題歌はちょっと・・・・・・
どうしてだろう?日本の音楽産業関係者って、映画やドラマを含めて「物語」に対してどうしてああも「愛」がないのか?

永遠の0

映画の尺というものを考えると、よく整理された脚本だったと思います。原作小説ファンからすると、結構改編されていましたが、一番の改変だなと思ったのは、企業のトップとなったかつての宮部久蔵の教え子「武田」が戦争を語るシーン。原作と異なり奥様と同席してのものではなかったし、何よりあの「新聞記者」がいなかった。読者サイドからみれば、彼=新聞記者は戦後日本の歪みの代表者であり、戦死した方々への無理解の象徴であり、現代日本人の傲慢さの具現化であり、結局は「悪役」なのですが・・・・・・やはり、テレビ(マスコミ側)制作では、あの部分の描写は遠慮したか・・・・・・ただ、主人公=宮部久蔵の孫=佐伯健一の学生時代の友人達が、「新聞記者」に代わって現代日本人の傲慢さを象徴していました。
他にも色々カットされた描写がありましたが・・・・・・まぁ言い出すとキリがない。
原作小説の感想は読書メーターに書いています。

出来ればもう一本くらい見たかったんですけどね。

パシフィック・リム

パシフィックリム、燃えました。

この映画、確かに私のような昔の特撮やアニメで育った人間にとっては興奮する要素満タンです。
そこには、確かにかっての日本のアニメや特撮のエッセンスが詰まっているのでしょうが、このパシフィックリムという映画は、あくまでもデルトロ監督の情熱と才能によって成り立っている映画なのですよ。

巨大ロボ対怪獣
・・・・・・永遠の「男の子」のテーマです。
自分なりに物語を妄想したことのある「男の子」なら、一度は夢みた物語。
ただ、それを「商業映画」として成立させるのは大変です。
不特定多数の人達に、あの楽しさをもれなく伝えないと行けないのですから。
不特定多数という言い方をするなら、私のようなタイプの観客は除外されるべき。
なぜなら、巨大ロボ対怪獣というシチュエーションだけで、アドレナリン全開でスクリーンに臨むのですから(笑)
最初から、公平な視点なんて持てるはずがない(爆)

デルトロ監督がその「商業映画」としてのハードルをクリアするに当たって、ヘタに人間ドラマに重点を置くのでなく、それはあくまでも隠し味に押さえて、徹底的に巨大ロボ対怪獣のど迫力映像を前面に押し出す手法をとっていると私は感じました。
ロボットのギミックも完璧!!
多分、石川賢先生がご健在だったなら、歓喜するか、悔しがるか、どちらかの反応を示したと思う。
そう、何となくだが、ゴジラ、ガメラ、ガンダム、マジンガーというよりゲッターテイスト(私主観)

で思ったのだが、日本もゲッターロボ號におけるアラスカ戦線を映像化するべき。
というか、もう作れないなら、デルトロに映像権を渡せ(ヲイ
ゲッター、ステルバーといったスーパーロボット連合軍対メカビースト軍団
巨大陸上戦艦対巨大陸上戦艦を映像で見たい。

かつてゲッターで感じたそんな欲求をまさかハリウッド映画で実現して貰えるとは思わなかったのだが(笑)

あのタンカーを棍棒みたいにぶん回す喧嘩スタイルのロボットアクションや、物語全体に漂う追い詰められた悲壮感は、かつて石川賢版原作ゲッターに感じたテイストでした。
劇中で登場する二人の科学者のキャラクターも原作ゲッターにおける敷島博士を思い出してしまう私(笑)
ゲッターの敷島博士にしろ、マジンガーの光子力研究所の三博士にしろ、変人科学者はこの手のジャンルには欠かせないですね。

日本サイドからは菊地凛子がヒロインとして登場していましたが、彼女かなり動ける人なんですね。
幼少期を演じた芦田愛菜は、かなりうざかったが(笑)まぁ、小さい子供ならではの「うるささ」と思えば、あれも計算された演技の内なのでしょう。

パシフィックリム、とにかく細かい部分はいい。
怪獣と巨大ロボが好きな人には無条件にお薦めなのです。


ショートピース(映画)

ショートピース、これのコミックスを読んだ時、私はまだ詰め襟姿だった(笑)

公開劇場は、博多中州大洋。
本来なら、北九州市民の私にとってはちょっと遠い場所です。
ただ、現在の職場が福岡市内でかつ公開初日が土曜日出勤の日に当たったので、衝動的に帰路、博多駅から通常なら快速に乗って家路に就くところを地下鉄に乗り換えてGO!でありました。持ってて良かった、SUGOCAw


オープニング
何というかですね、このOPのデザインには惚れましたよ。
そして、ふと思い出したのは、迷宮物語でありました。いや、本来なら大友克洋作品で且つオムニバスアニメ映画であるならば、「メモリーズ」とくるべきなんでしょうが、私にとってこのOPは迷宮物語を彷彿とさせるものがありました。

九十九
付喪神と職人の一夜の不思議話。
古き良きおとぎ話を現代の最先端(だよね)アニメーション技術で縦横無尽に描写して見せた大友作品ならではのビジュアル作品。いや、私は妖怪好きだから好きでしょ。芸術作品のように捉えているレビューを見かけましたが、これはむしろ金のかかった日本昔話を楽しむ感覚でいいのではないかと(笑)

火要鎮
振り袖火事というべきか。
江戸時代を舞台にした悲恋と火消し達のお話だが・・・・・・ヒロインのやっていること、ハッキリ言って放火ですからね。いささか意地の悪い見方をすれば、ラストシーンは、下されるべき裁きが下されたととれないこともない。
このお話のウリは、やはり綿密に描写される江戸時代の消火法とその為に尽力する町火消し達の詳細な描写かと。意外なことだが、町火消しのリアルな姿が描写されるのって、アニメ実写ともに実に珍しいのでは?と思いますよ。

GOMBO
タイトルの意味がいまだに分からん(爆)
個人的にはこれが一番好き。
村の幼い娘の願いを聞き届け、命を賭けて彼女を助ける森の番人(熊)
恐らくは、神使ともいうべき存在なのでしょうが、対する相手は恐らくは赤鬼型のエイリアン。ちょっとぐろいシーンもあり。
熊と赤鬼とのバトルは、まさに怪獣映画のノリ!!迫力満点です。

武器よさらば
一番「エンタメ」していた作品。
監督はカトキハジメ。私にとってはVガンダムとクロスボーンガンダムのデザイナーさんである。本職(?)がメカニカルデザイナーさんなだけあって、近未来の兵器描写が凝ってる凝ってる。SF好きだけでなく、ミリオタさん達の視点で見ても面白いのでは?
何といっても、市街戦のディティールとラストのシュールなオチが素敵です。

この映画、一時間八分と少々短いので、お近くの劇場で公開された時、気楽に見れると思います。

藁の楯

木内一裕原作の「藁の楯」見てきました。
主演は大沢たかお。
しかし、真の主役は藤原竜也!!と私は言いたい。

いや、勿論

主役の大沢たかおの毅然と「公」の立場を貫くヒーローっぷりも
松嶋菜々子の(原作とは大きく設定が変わっていたが)生活の疲れを覗かせながらも凜とした、しかし気取らない女性SPっぷりも
永山絢斗のむかつく若手刑事っぷりも

最高の役者っぷりでした。
しかし、藤原竜也の「外道」っぷりは凄まじい。
いや、俳優さんに対する何の予備知識もなしにこの映画を見たら、絶対藤原竜也が大嫌いになると思いますよ(賛辞です)

ただ、ひとこと加えておくと、この映画では一〇億という大金をちらつかされて道を踏み外す人間の弱さや悪意も赤裸々に描写されるので、そういった「悪意」「暴力」というものの描写を見るのが苦手な方にはお薦め出来ない。
ラストシーンはともかくお話のオチのつけどころとしては実に胸くそ悪く後味が悪い・・・・・・まぁ、そこがいいんだが。
これは、同監督の「悪の教典」にも相通じるもの。
三池崇史監督という方は、本当に「悪意」を描かせるとうまい。
そして、そうした舞台装置の上で、藤原竜也です。
変態犯罪者でガチキチですよ。
救いようのない悪党で、恩を仇で返すし、人の心も命も何とも思っていない割には、自分の痛みだけは過剰にアピールするクソ野郎ですよ。実にすがすがしい。
映画での彼の最後の台詞には要注目ですよ。
実に素晴らしい悪役ぶりです。

この映画は、形としては、福岡~東京までのロードムービーの要素もあります。
なので、地元民として気になったこと。

・福岡南署からの移動という割には、姪浜~百道(ドーム球場のあるところ)が移っていたが、南区から高速(九州自動車道)への移動にあのルートは使わないだろう。
・原作小説にあった、九州自動車道和布刈(めかり)PAで、主人公の銘刈(めかり)が「自分と同じ名前の地名だ」と言うシーンがなかった。
・小倉駅から新幹線に乗り換えるが、映画に出てきた小倉駅が、私の全く知らない架空の駅に変貌していた。
・新幹線のカラーリングが違う

まぁ、こんなところでしょうか?

凶悪犯罪者に、遺族が高額の懸賞金を掛ける。
このストーリーの骨子になっている部分、賛否両論はあるでしょうが、映画としてのこの作品はひたすらに藤原竜也の外道ぶりと大沢たかおの大人のヒーローっぷりを堪能することこそが正しい楽しみ方だと思いますよ。

しかし、映画「バトルロイヤル」では、世の不条理に抗う少年を熱演した藤原竜也が、今作では人々の運命を狂わせていく不条理そのものとなっているというのは、実に興味深い。

スーパーヒーロー大戦Z(映画)

スーパーヒーロー大戦Z鑑賞。

レイトショーを狙っていったので、周りは大人だらけ(笑)
狙い通りです(爆)
子供のお客さんの反応を見るのも楽しいんですけどね。

ストーリーは、例によってやっつけ(爆)
いや、言い方は悪いのですが、この手の映画は、各ヒーローの見せ場をいかにして作るか?それに尽きるでしょう。

メインになっていたのは

・仮面ライダーウィザード
・獣電戦隊キョウリュージャー
・宇宙刑事ギャバン

これに、ゴーバスターのヨーコ(イエローバスター)とゴーカイジャーの凱(ゴーカイシルバー)が絡むというのが大筋のヒーローサイドの流れ。

対してスペースショッカーは、

・軍司レイダー
・シャドウムーン
・スペースイカデビル
・キョーダイン

あたりがメイン。何だ、純粋なショッカー幹部がいない・・・・・・考えてみれば、ゾル大佐、死神博士、地獄大使、ブラック将軍ともにリメイク版幹部は出し尽くしたからな・・・・・・あとはゼネラルモンスターくらいか・・・・・・
怪人さん達は、サボテグロン、そして毎度おなじみのサンジオー(笑)
サンジオー、出席率高いな。
キョーダインは今回も悪役かorz と思っていたら、最後に少しだけ救いがあった。やはり、スタッフの間でも忸怩たるモノがあったに違いない(決めつけ)


ヒーローサイドのメイン以外は・・・・・・書きませんよ、キリがないから(笑)
ただ、イナズマンは出ていましたね。ズバットとかキカイダーはさすがに出ないかと思っていたらエンディングで(以下自粛)
現役のシリーズ、ウィザードとキョウリュウジャーは、どこまでテレビ版の設定を反映させるのかな?と思っていたら・・・・・・
ウィザードは、とりあえず、ドラゴンスタイルは出てきたが、何故かランドさんは出番なし。スタッフはどこまでランドさんを冷遇するのか・・・・・・
最強スタイルであるインフィニティとオールドラゴン、ドラゴタイマーの出番もなし。
まぁ、最初から集団戦でチームを組んでいるから、確かにドラゴタイマーの使いどころはないわな。しかし、オールドラゴンは見たかったような。あのスタイルはヒーローの中ではちょっと異色。
アマゾンや響鬼のような「ワイルドだろ?」系に対抗できる「怪物性」があるので割と好きなのだが、その割には本編でも一回しか出番がない。
その代わりと言っては何だが、晴人が生身でキョウリュージャーのキングと殺陣を演じたり、幻魔空間でウィザードラゴンを駈って颯爽と登場したり、魔王サイコ相手にキョウリュージャーととどめを刺したりと、さすがの現役ヒーロー、好待遇でありました。
ちなみに最後は、キョウリュージンがウィザードラゴンとドッキングしてのキックストライク・・・・・・このフィニッシュは前作のゴーバスターオーによるロケットドリルキックに合わせた形でしょう。

ところで、東映さん、次も本当にやる気?
今度は、キカイダーメインで・・・・・・とか考えているんじゃないだろうな?

桐島、部活やめるってよ(映画)

映画を見終わった感想をひとことで言えば


お前ら全員、桐島依存症か!?


そして、映画が終わりエンドロールが流れた時、すぐそばの席で見ていたご夫婦の会話

奥さん「え?これで終わり?」
旦那 「こういうのが賞をとるんだよ」

何だか、一側面とはいえ、この映画の特質を捉えた会話だったように思える。

はっきり言えば、エンタメとしては「破綻」していると思う。
なぜなら「オチ」がないから。
ミステリとしても、結局「結論」は出ないまま。

それでも、妙な部分でリアルだったし、フォーカスする登場人物を切り替えながら、観客に異なる視点を次々に提示していく方法は面白いと思った。
冒頭で「桐島依存症」と書いたが、おそらく「桐島」とは高校時代、或いは中学時代、学年に一人くらいはいたその世代の「スーパースター」の象徴なのだろうと思う。
劇中でも、「桐島は超万能型」と語られているし、常に皆が注目する、注目せざるを得ない少年だったのでしょう。
才能に溢れた彼は、だからバレー部で不動のリベロとして活躍しキャプテンの重責を負い、県選抜にも選ばれるほどだったし、美人の彼女もいた。
劇中、最後まで姿を見せない彼でありますが、彼に代わってストーリーを大きく象徴する存在は私が見るところ二人。

形だけ野球部で、桐島の親友、そして彼同様万能型の宏樹。
冴えない映画部、非リア充代表の涼也。

これは全くの私視点ですが、桐島というスーパースターに対して

才能はあるが桐島には及ばない、それが分かっているから何かに熱くなることが出来ない宏樹
才能はないが、熱中する何かを持っている涼也

という対比に思えました。

他作品ながら古典部シリーズの「クドリャフカの順番」を彷彿とさせる配置。
才能を持たない者は才能を持つ者に嫉妬する。しかし、努力すること、熱中すること、それを継続することも才能では?
小器用ではあっても、目標を持てない人間は、それを持っている人間に嫉妬と羨望をいだくのかもしれない。
だとすると、映画終盤、クラスの中心人物で満たされている筈の宏樹が涼也の前で涙を流す理由も納得がいく。
一方で、バトミントン部の実果は桐島の穴を埋めようとするバレー部の風助が気になるし、同じくバトミントン部のかすみは涼也達が終盤巻き込まれたトラブルを嘲る沙奈に怒りを感じるのでしょう。

ところで、これ原作ではどういうオチの付け方をしたんだろう?

最後に、神木くんの非リア充、童貞感丸出しの演技は実に天才的。
龍騎や妖怪大戦争の頃から、よくぞここまで成長したものです。

すまん、もうプリキュアねたは思いつかないんでランス・・・

感想まとめ 映画二篇

横道世之介

原作はどうやら青春小説の傑作という扱いらしい。
確かに面白い小説だったけど。いや、文章書きの視点からすると「うまい」小説という方が正しい。
描かれている物語は、本当に何気ない日常の積み重ね。
ある程度歳を重ね、社会に揉まれ、家族や仕事、人間関係の中で苦闘する中、ふと思い出す若い日のこと。
そこにいる「あいつ」、それが横道世之介。
誰にとっても、横道世之介はいて、それは必ずしも「一人」とは限らないかもしれない。
ひょっとしたら、自分自身が、他の誰かにとっての「横道世之介」かもしれない。
横道世之介とは、そうした者達の代表者なのかもしれません。

という堅い感想はおいておいて(笑)
とにかく、吉高由里子演じる祥子ちゃんが可愛くって仕方ない(爆)

リトルマエストラ

音楽とは、音楽家が残した「手紙」(作中より)

ならば、音楽は演奏家の技量により、解釈により、様々に形を変えつつも継承され続ける芸術なのかもしれない。
そして、「手紙」である以上は、それは誰かにむけたもの。「宛先」があるメッセージ。
音楽家は意識的にせよ、無意識的にせよ、その手紙を未来に向かって投函しているわけだが、では、演奏家達はどうなんだろう?
この映画は、その「宛先」を求めた音楽のお話であり、くすぶっていた一人の少女の才能が開花する物語でもあると。
正直、この映画がみつけた「宛先」については賛否が分かれる部分があるのでしょうが・・・・・・

石川県の能登半島で、素朴な漁村風景を舞台にして紡がれるこの映画、残念なことに私が劇場に足を運んだとき、お客さんは私を含めて三人しかいませんでした(爆)
でも、私的には、蟹江敬三と篠井英介、両ベテランの絡みが見れたので、俺得(笑)
あと、前田吟においしい台詞を与えすぎ(爆)

上映されている劇場数は少ないだろうし、レンタルに並ぶかどうかも怪しい小規模作品なのですが、機会があればご覧になることをお薦めします。

砂漠でサーモンフィッシング

ハリウッド映画よりもイギリス映画の方が性に合うようになったのは、それだけ私が歳をとったということなのだろうか?

映画の内容はタイトルの通りです。
イエメンの砂漠のど真ん中に川を通し、そこに鮭を繁殖させて、鮭釣りが出来るようにしてしまおうというもの。
その為の一次予算「5000万ポンド」

50,000,000ポンド = 66億円(日本円換算)2012/12/09の相場に基づく計算

資金源は砂漠の族長。英国政府も全面協力・・・・・・って、アホですかというプロジェクトですが、勿論フィクションです。
ばかげているし、第一これは一種の環境破壊だ。
理性的に考えれば、愚劣なる暴挙でしかないのですが、何でしょう、心をざわつかせるものは・・・・・・

そう、人間、少なくとも男というのはこういうアホなプロジェクトが大好きだったりするのです。
主人公のジョーンズ博士は当初は、実現不可能なプランとして一蹴するのですが、政府が絡んだ圧力もあって嫌々絡んでいる内にのめり込んでいきます。
それは、彼自身がアホだから・・・・・・というのは半分本当だとしても、プロジェクトに携わる人々、ことにクライアントの代理人である女性コンサルタントのハリエットや族長に心惹かれていったから。
結局、人はプロジェクトや理念に引っ張られるのではなく、そこにいる人に引っ張られていくのですな。
女性コンサルのハリエットとは映画的なお約束で、恋愛感情が互いに芽生えるというプロセスがあるのですが、クライアントである族長の存在もかなり大きい。
砂漠で鮭釣りというのは、プロジェクトの一面に過ぎず、その真意は国家と民族のため、農業を発展させ、国土を緑の大地とするため、未来の世代に希望を与える為のプロジェクトなのですね。
その為に、彼は命をかけているし、実際に危険な橋も渡っている。
そうした異国のリーダーへの敬意もジョーンズ博士を動かしたのでしょう。
しかし、尊敬に値するパートナーとリーダーを得ることが出来たジョーンズ博士は幸運な人物と言えるな。
プロジェクト自体はめちゃくちゃだけど(笑)

この映画のもうひとつの立役者、それはプロジェクトメンバーだけでなく、英国政府の首相広報官マクスウェル女史。
原作小説では男性らしいですが、かなり強烈なキャラクターです。
というか、彼女を通して分かるのは、イギリス人は自国の政府をかなり自虐的に見ているなと。
マクスウェルのコミュニケーションの手法などを見ていると、我が国のいわゆる「ねらー」と相通じるものを感じてしまいます。

政治家の描写もだが、もうひとつイギリス人らしいなと思ったのは、家族の描写。
勿論、家族は大事なのだが、ハリウッド映画ほど、家族を神聖視してはいないなと。
彼ら(英国人)はそれほど家族に幻想は抱いていないようだ(^^ゞ

この映画、私のようにちょっとひねくれたおっさんにはお薦めかもしれないぞと(笑)

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