さて、続けられる内に・・・
この下書き、一応カテゴリー編集したので
下書きもどき > 怖くない怪談1
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問題は第四変奏。
真田周は、その細い指を慎重に動かしていく。
以前、演奏した時はここで引っかかったのだ。
(これじゃ、“彼女”も満足してくれないよな)
今日は徹底的にこの部分を克服しようと決めていた。いや、今日こそは最後まで上手に弾けそうな気がする。
(よし!うまくクリアした!)
ピアノの奏でる音と自らの指の動きに神経を集中させつつも、周は会心の笑みをこぼす。そのまま第五変奏へとなだれ込もうとしたその時
「周!」
見知った声が彼の名前を呼ぶ。
周は振り返り、その見知った声の主の姿を視界に捉えると、ふっと口元を緩めた。
「美月。どうした?居残りか?」
「なんでそう思う?っていうか、下の名前で呼ぶな」
抗議する美月に
「あんたが先に下の名前で呼んでるじゃない……」
と同行した優子は呆れ顔。
「じゃあ、柏崎さんってことで……南さんも色々苦労しているな」
美月の態度に苦笑しつつ、周は傍らの優子に話しかける。
「真田君がピアノに夢中なんで、色々とご機嫌斜めなのよ。何とかして」
「あんた何言ってんの!?」
拝むような手ぶりを交えつつもからかうような口調の優子に、美月はかみつくかのような勢いで抗議。
「だって~、本当のことでしょ?」
その抗議にわざとらしく語尾を伸ばして抗弁する優子を見て、周は「ははは」と屈託のない笑い声をたてる。
「もう!あんたまで、何笑ってんの!?あんたもからかわれているんだってば!」
「え、そうなの?」
「もういい!!」
本気で驚いている周を見て、頬を膨らませた美月はぷいっと横を向くと、横で優子がこれまた困ったように頬をかく。
(しまった、やりすぎた……)
言葉以上に優子の表情がそう物語っているのを読み取り、周は苦笑しつつも、
「ところで二人とも学校に残ってどうしたの?学校新聞の準備か何か?」
と出した助け船に
「そうそう、そうなの!」
と飛びつく優子は、一歩前に出て
「真田君、誰よりも音楽室には出入りするでしょ?だから、聞いてみたいことがあったの?」
と本題の用件を口に出す。
「聞きたいこと?僕に?学校新聞に関係することなんだよね?何だろ」
「うん、まぁ、これは美月のアイディアなんだけど……」
と美月の顔を立てるように話を進めようとするが、肝心の美月はまだ横を向いたまま。
「学校の怪談とか七不思議とかよく言うじゃない?そういう話が、この学校にもないかなって、それで音楽室のことなら真田君が詳しいから、何か聞き出せないかなって……」
「ああ、そういうことか」
優子の説明に周は納得した表情を浮かべたが、
「でも、困ったな……」
その表情はすぐに曇った。本当に困っているようだった。
「え、何が?」
と食いつくのは優子。横を向いたままの美月も、ちらりと周に視線を注ぐ。
「困ったって、どういうこと?」
「う~ん……何というか……」
言いよどむ周の視線は、ピアノの脇に一旦注がれるが
「ははは……」
すぐに誤魔化すような笑い声をたてる。
「何?」
「いや、南さん……その……正直に言って……」
「正直に言って?」
「……何もないんだ」
「あれ?」
拍子抜けして思わず声をあげる優子。
「何も?」
「そう何も……」
「全然?」
「全然」
三人の間に沈黙がおりる。
その間、周の視線はちらちらとピアノの脇に。
「あー、もう!」
最初にその沈黙を破ったのは、美月。
「こんなことだろうと思った。周に聞いたって、ろくな話、聞き出せるわけないんだから!最初に言ったとおりでしょ?さぁ、さっさと本命の職員室に行くよ、優子!」
そう言い放つと、本当にくるりと周に背を向けて、一人早歩きで音楽室を去ろうとする。
「ちょっと待ってよ、美月」
慌てて後を追う優子。
「大体、真田君に話を聞こうと言い出したのは、美月じゃない!」
「うるっさい!」
美月と優子が出て行ったことで一気に静かになった音楽室。
「全く、美月のやつ、相変わらずだな……」
二人がいた時には見せなかった柔らかい笑みを浮かべ、その視線をピアノの脇へと移す。
「でも、これでやっと静かになったね」
言いつつ、周は一旦ピアノの鍵盤に向き合うが、またすぐにその視線はピアノの脇に。
「ごめんね、でも……美月、本当はいい子なんだよ……それに……」
言いかけて、周はくすりとまた小さな笑いをその口元に浮かべた。
「あいつ、あんなだけど、本当は凄い恐がりなんだ。本当の事なんて言えないよ」
今度こそ本当にその指先はピアノの鍵盤に。
「さあ、途中で止まったけれど、第5変奏からまた……そうしたら、一息入れて、今度こそ通しで行ってみようか。今日こそ、“君”が満足するような演奏が出来る気がするんだ」
そして、その指はしなやかな曲線を描きつつ、ピアノの鍵盤に。
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